第21話 お別れの時間

 新幹線のチケットを窓口で購入し、荷物番をしてくれている彼女の下へ戻る。


「買えた?」

「うん。ばっちり」


 購入したチケットを見せびらかし、無くさないように手帳型の携帯ケースに挟んでおく。


「荷物ありがとうな」

「うん」


 妙に重たい空気が私たち二人の間に流れる。疲れているのもあって、上手く頭が回らない。それでも何とか彼女に伝えておきたい事があり、意を決して口を開く。


「梢ちゃん、ほんまにありがとうな」

「うん。こちらこそ、ありがとう」

「昨日新幹線乗ってからも帰ろうかなって思うくらい緊張してて、何でこんな約束しちゃったんやろうって思っててんけど、今はもう、ほんまに会えて良かったなって思ってる」


 言いながら、途中で恥ずかしくなってきて、彼女の顔を見ていられなくなり、段々と視線が落ちていき、彼女の足元に固定される。


「私も、会えて嬉しかった。もしかしたら来てくれないかもってずっと思ってたし」

「行くよって言うたやん」

「いや、直前になって体調悪くなったからって言ってドタキャンしたり……」

「しそうやわぁ。中学の頃とか友達の家に遊びに行くときにやってたわ」

「良かった。それやられなくて」


 あはは、と声を上げて笑う。楽しい筈なのに、直後には悲しさが込み上げてきて、目元に熱が溜まるのを感じる。


「あぁもう、帰りたくないんやけど。あっという間過ぎる……」


 それを誤魔化すように努めて明るく言う。


「ね。本当に」

「またオフ会しよな?」

「うん。絶対。次は私が会いに行くから」

「ほんまに?」

「うん。最近依頼もいくつか来るようになったから、それでお金貯めて行く」

「そっか。応援してる。なんなら私も依頼するわ」

「えぇ? ありがとう」


 彼女は戸惑いを誤魔化すように笑う。彼女の笑顔を見る度、彼女の声を聴く度に、家に帰る足が重たくなる。けれども新幹線の時間は決まっていて、いつまでもこうしてここで立ち止まっているわけにはいかなかった。


「そろそろ帰る?」

「うん。じゃないと一生帰られへんくなる」

「そうだね」


 そろそろ覚悟を決めなければいけないなと、そのきっかけを求めて彼女に向かって腕を広げる。そうすると、彼女はその意図を理解してくれたようで、私の方へ一歩踏み出し、抱き締めてくれた。それに応えるように彼女の背中に腕を回し、優しく、けれども力強く抱き締める。


 少しして、周りの目が気になり始めた頃、どちらからともなく腕の力を緩め、未練がましく彼女の腕に触れ、手を握り、明るい笑顔を彼女に見せる。


「じゃあ、またね」

「うん。またね」


 握る手の力を緩めると、するりと彼女の手が抜ける。


 手を振り、彼女に背中を向け、ゴロゴロとキャリーケースを転がし、改札を通る。ホームに繋がる階段を上るその直前、一瞬だけ立ち止まって振り返ると、彼女と目が合った。

 

 小さく手を振ると、彼女も同じように小さく手を振り返してくれる。寂しさを押し隠して笑顔を作り、またね、と唇を動かし、背を向けて帰路に就いた。


 京都方面へ向かう新幹線に乗り、荷物を棚に乗せ、席に着く。それからいつものように携帯にイヤホンを差し、寂しさを紛らわすために音楽を流す。


 電車が動き出し、彼女と過ごした時間を思い返す。そうすると、既に彼女に会いたくなっている自分に気が付き、頬が上がる。


 彼女と過ごした時間は本当にあっという間だった。けれども会ってすぐの頃のぎくしゃくとしていたのが懐かしくも思える。時間としては一日にも満たない時間だったが、その間にたくさんの事があった。


 ふと、もっと写真を撮っておけば良かったな、と思う。携帯を開き、写真フォルダーを開いてみると、そこにあるのは動物の写真ばかり。彼女が映っているのは両手で数えられる程度しか無かった。それも隠し撮りのようなものばかりで、彼女がはっきりとカメラに向かって笑顔を向けてくれているのは一枚しかなかった。


 もっと真面目に彼女を撮ろうとしていれば良かった。別に彼女だけを被写体にするのではなく、自分とのツーショットだって撮って良かった筈だ。


 それからいくつもの後悔が頭に浮かんだ。あまり彼女の目を見て話せなかった事、自分が話すばかりで、彼女の話をあまり聞けていなかった事。思い返すと、もっとこうすれば良かった、と反省点ばかりが浮かんでくる。


 彼女も最後には笑ってくれていたが、途中はどうだっただろう。私が話している間、彼女は笑顔で居てくれたのだろうか。うんざりしてはいなかっただろうか。会えて嬉しかったと彼女は言ってくれたが、その言葉に全く嘘は無かったのだろうか。


 彼女を信じる信じないの前に、自分の事が信じられなかった。


 せっかく楽しかったというのに、こんな事を考えて気分を沈ませるべきではない。そう考えながらも、その裏では彼女に見限られる未来を想像して、気分が沈んでいく。


 これではダメだ、と目を瞑って眠ろうとするが、寝過ごしてしまう可能性を考えると、そうするわけにもいかなかった。


 静かに溜め息を吐き、次の停車駅を確認する。まだ電車は走り出したばかりで、京都まではまだまだ掛かりそうだった。

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