第17話 オルゴールミュージアム

 餃子を食べて満足した後、また少し長い道のりを歩き、ロープウェイに乗って次の目的地であるオルゴールミュージアムを目指す。


 彼女曰くオルゴールミュージアム自体はあまり広い場所ではないらしい。どうやらそこ単体で楽しむというより、周りにある温泉や遊園地などを纏めて楽しむのが一般的のようだ。


 アナウンスを聞きながらゆらゆらと揺れ動く宙吊りの箱の外に見える景色を眺め、これが落ちたら水の底に沈んで死ぬのだろうな、なんて事を考える事数分、山の頂上に着き、少しふらつきながら降りる。振り返ると、彼女も同じように高さを見誤って蹈鞴を踏んで蹌踉けるのが見えて、咄嗟に彼女の身体を支える。


 二人で気恥ずかしさを誤魔化しあいながら案内に従って進み、早速メインであるオルゴールミュージアムに入る。するとすぐにどこからか愉快な音楽が聞こえてくる。BGMとして流れている物なのかと思ったが、受付に立っていた解説員の女性がこれも自動演奏のオルゴールなのだと教えてくれた。


 オルゴールと聞くと、櫛のように並んだ長さの違う小さな金属板を、筒状の金属に取り付けられたピンが弾いて曲が流れる、そんな小さな箱のような物を想像していたのだが、まず一番初めに目に留まったのはレコードのような円盤に穴が空いているタイプの物で、大きさもレコードと同じくらいの大きさだ。


「百五十年前だって」


「ね」と彼女の言葉に頷いてみたものの、百五十年前のオルゴールというのがどのくらいすごいものなのか分からなかった。レコードに形が似ているな、と言いつつ私はレコードプレーヤーを実際に見た事は無いので何とも言えないが、それに形が似ているという事は、それなりに最近の物なのではないかとも思える。


 しかし説明を読んでみると、オルゴールが生まれたのがまだ二百年程前の話らしく、大きさは手の平どころか指先に乗るくらいの小さな物だったらしい。そこから五十年程でこのレコードのような形のオルゴールが生まれたのだとすれば、何となく凄さが分かるような気はした。


 開いたままの扉を抜けると、視界の隅にピエロの顔が現れ、びくりと肩が跳ねる。


「びっくりしたぁ」


 身体を引いて息を吐く私を見て、彼女はくすくすと笑う。笑うなと文句を言う代わりに彼女の左手を軽く叩いて、何となくそのまま手首を掴む。それから視界に映った物の正体を確かめようとそちらへ顔を向けると、羽ペンを持ったピエロがそこに居た。


 『手記を書く道化師』と題されているそれは、曲は流れないものの、ぜんまいを回すと、題にある通り手記を書くらしい。


 他にも三味線のような物を持っている者や着物を着て扇子を手に持っている者、大道芸をしている者、マジックをしている者など、様々な人形が並んでいた。


「こういうのもオルゴールなのかな?」


 彼女が小さい文字を読もうと身を乗り出しながら呟く。


「オートマタって書いてるし、オルゴールとはまたちゃうんちゃう?」

「あれかな、オートマタとオルゴールの動かし方というか、仕組みが似てたりするんかな」

「あぁ、そうなんかもね。どっちも電気とか使ってないやろうし。あっ、これとか演奏もしてくれるんちゃう?」


 私が見つけたのは、ミュージカルドールと呼ばれている物で、それは他のオルゴールやオートマタと同じようにぜんまいを回すと、人形が動くと同時に音楽も流れる物のようだった。残念ながらここでぜんまいを回す事はできないようだったが、どうやら自動演奏楽器コンサートで使われる物の中に、オートマタとオルゴールが一体になった物も使われているようだった。


 それを楽しみにしつつ、部屋の中を反時計回りに見ていく。


 オルゴールと言うにはあまりに大きく、拳大の鐘がいくつもぶら下げられているカリヨンという物や、額縁の付いた箱の中に小さな人形たちが並んでいる物など、両手で数え切れない程たくさんのオルゴールがあった。


 軈てアナウンスがあり、彼女と隣り合って部屋の中央に用意されている椅子に座ると、大きな音量にご注意ください、という注意喚起の後、大きな音が部屋を埋め尽くす。


 それは正にコンサートの始まりで、私の知っているあの静かな金属音ではなく、オーケストラのように華やかで、自動演奏だと言う事を忘れそうな程だった。


 耳を塞ぎたくなるくらいの大音量で奏でているのは、目の前の壁一面を埋める一際大きなオルゴールで、そこにあるステージの上で五体の人形が音楽に合わせて踊っている。


 それが終われば今度は柱時計のようなオルゴールから、何となく聞き馴染みのある音で曲を奏で始め、解説員の女性がそのオルゴールについての解説をしてくれる。


「この曲なんだっけ?」


 彼女が身体を寄せてひっそりと訊ねてくる。きっと私が吹奏楽部だったから知っているかもしれないと思ってくれたのだろう。しかし私はその期待に応える事はできない。


「分からん」


 正直に答える。吹奏楽部に入っていたからと言って、音楽に詳しいわけではないのだ。言い訳をするとすれば、私がやっていたのは吹奏楽であり、オーケストラではないという事だろうか。。


「すごかったね」

「うん」


 コンサートが終了し、彼女がシンプルな感想を口にするが、私の感想も大して変わらない。どこがどうだったかなんて語れる程、私は音楽について詳しくはない。


「最初のオルガンの音、思ってた数倍でかかったわ」


 言える事はせいぜいこのくらいだった。


 その後も一頻りオルゴールを鑑賞した後、部屋を出て階段を上り、屋上の展望台へ向かう。


 自動ドアを潜り、冷たい風の吹く外へ出ると、身体を締め付けていた何かが無くなったかのように開放的な気分になる。彼女以外に人が居ないのを確認し、腕を空に向けてぐぅっと伸ばし、ふぅ、と息を吐きながら脱力させた後、冷たい風に身体を震わせる。


「さむっ」

「マフラー居る?」

「ううん、大丈夫」


 あはは、と笑いながら、中央にあるうねうねした五線譜にいくつかの小さな鐘が吊り下げられた謎のオブジェクトに近付く。


「これもオルゴールやったりする?」

「そうっぽいで?」


 ガラスケースに囲われている訳でも、屋根がある訳でもないが、これもちゃんとしたオルゴールのようだった。


「ゼロ分になったら勝手に演奏されるんだって」

「へぇ。今何時?」

「えっとね。四時七分かな」

「アカンやん」

「あとね、残念なお知らせをすると、ここの閉館時間が四時半っていう」

「嘘やん」

「ごめん」


 軽い調子の口調とは裏腹に、彼女の表情には影が差していた。


「またいつかリベンジやな」

「来るかなぁ」

「さぁ、それは分からん」


 慰めのつもりではないが、暗い雰囲気を吹き飛ばすように声を出して笑ってやると、微かに彼女の口角が上がったのが見えた。


 彼女の手を引き、端にある看板の所へ歩いて行く。


「恋人の聖地やって」

「恋人は……居なくなっちゃったなぁ」

「お互いにねー」


 何か縁のある場所なのかと思ったが、ただプロポーズにおすすめの場所というだけのようで、それ以外に何か特別な物があるという訳ではなさそうだった。


 彼女が柵に肘を置いて湖を眺める。私もそれに倣おうとしたが、微妙に背伸びをしなければならないくらいに柵が高く、仕方無く柵のガラスになっているところから景色を望む。


「さっき餃子食べたのってどこ?」


 とりあえず会話の切っ掛けとして訊ねてみる。


「それは多分そっちじゃない?」


 彼女は左側を指差した。顔を向けると、確かに観覧車とジェットコースターのレールが見えた。


「じゃあこっちに見えてるのは何?」


 顔を正面に戻し、訊ねる。


「分かんない。でも多分奥の方に見えてる山の向こうは愛知県なんじゃないかな」

「そうなん?」

「うん。浜名湖って結構静岡の端っこの方にあるから。多分だけどね?」


 へぇ、と雑に相槌を打ち、彼女を見ると、彼女は手で口を覆い、口を大きく開けて欠伸をした。あっ、と私が何か考えるよりも先に彼女が視線を私に向け、恥ずかしそうに笑った。

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