第13話 動物園

 受付で相変わらずそれでやっていけるのかと思わず心配になるくらいに安い入園料を支払い、チケットとパンフレットを一枚ずつ貰ってゲートを潜る。


 ゲートを抜けるとちょっとしたサーカスくらいならできそうなくらいの広場に出る。正面には休憩所のような建物があり、その右側に進むと、動物園に併設されているフラワーパークという所に行けるようだった。動物園に行くには左へ行けばいいのだな、と立て看板の指示に従って左へ向かいつつ、朧気な記憶の中にある動物園と比べていると、どうも違和感があった。


「動物園なんてほんまにいつ振りやろ」


 ふと思った事をそのまま口にする。

「……今更訊くのも変だけどさ、動物は好きだったよね?」

「うん。動物というか、生物は基本的に好きやで?」

「そう? 良かった」

「だから結構ね、楽しみ」

「ここはあんまり種類は多くないんだけど、珍しい動物が多かった気がする」

「そうなんや」


 そうして初めに見えてきたのは私と同じくらいの身長をした真っ白な馬、所謂ポニーと呼ばれている動物だった。背丈と同じくらいの木製の柵に囲われていて、二頭の馬はその柵の隙間から顔を覗かせて鼻をくっつけて、挨拶のような事をしていた。


「ポニーってこんなちっちゃいんやな」

「百四十七センチ以下がポニーだから……」


 彼女はそこで言葉を詰まらせたが、視線を見ると、言いたい事は明らかだった。


「うん。私もポニーやな。馬ちゃうけど」

「うん。可愛い」


 何に対しての言葉なのか、わざわざ突っ込む事ではないだろうと無視して、触ってみたい欲求を抑えながらゆっくりと歩いて移動する。


 次に出迎えてくれたのは先程のポニーよりも更に小さく、私の半分も無いくらいの大きさの馬で、ミニチュアホースというらしい。


「何か子どもが遊ぶようなおもちゃの馬みたい」

「何それ」

「知らん? 風船じゃないけど、ビニールか何かで出来た赤とか紫のやつ。白い丸が描いてあったりするやつ」

「あぁ……見た事あるかも」

「何かそれみたい」


 しゃがんで見つめていると、その小さな馬がのそのそと近付いてくる。


「こういう子って野生で居るんかなぁ」

「えぇ、どうなんだろ。ここには炭鉱作業のために品種改良されたって書いてるけど」

「あぁ、じゃあ野生には居らんのか」

「多分?」


 柵の隙間から覗き込んでくるので、撫でてやりたくなるが、残念ながら触るのはあまりよくないようで、手を振って別れを告げる。


 それから後ろに居た暖かそうな山羊や羊、カンガルーやロバの所へ遊びに行く。山羊と羊には餌遣り体験が運良くやっていたため、どうせならやっていこうと、少し遠慮がちにしていた彼女の腕を引いて飼育員の男性の下へ行く。


 牧草を手の平一杯に乗せ、木製の柵の間から今か今かと待ち望んでいる山羊の前にそれを持って行ってやると、山羊は下を伸ばして私の手の平を削る勢いで牧草を次々に口の中に持って行った。羊にも同じように手の平一杯の牧草を目の前に持って行くと、口先を伸ばしてあっという間に牧草を平らげた。


 一方で彼女は人参を手渡され、人参の端を持っておっかなびっくりに山羊の口元へ近付け、山羊の舌が人参を巻き込んだ瞬間に小さく悲鳴を上げ、今まで見た事が無いくらい素早く腕を引いて駆け寄ってきた。それを見て笑っていると、やってみろと言わんばかりに背中を押されたので、羊の方には私がやる事になり、手の平に人参を乗せて差し出すと、後ろから「あっ、ずるい」と文句が飛んできたが、気にせずさっさとあげてしまう。


 少々恐がりな一面を見られた事にちょっとした優越感を覚えつつ、奥へと進んでいく。


 少し行った所に見えたドーム状の建物が気になって入ってみると、中にはたくさんの鳥類が放し飼いをされており、さすがに触るのは躊躇われたが、普段なら見る事のできないような距離感で見る事ができた。


 途中、自動販売機で飲み物を買い、休憩を挟みつつまた奥へと進む。


「思ったより時間掛かりそうだね」


 パンフレットで地図を見ながら彼女が言った。


「今どこ?」


 訊ねながら彼女に肩を寄せ、パンフレットを覗き込むと、今居る場所を彼女が指差して示してくれる。


「今この辺かな。だからまだ半分も行ってない感じ」

「梢ちゃんのデートプラン的にちょっとまずい感じ?」

「いや……うーん、どうだろう」


 考え込む彼女が転けてしまわないように腕を組み、虎らしき動物が居る場所に誘導する。


「お昼ご飯に餃子食べに行こうって言ってたじゃん?」

「そうね?」

「餃子食べられる所があの……ロープウェイあるって言ったけど、その辺まで行かないと無くって……」

「なるほどね」

「だから動物園は後にするべきだったなぁ、とちょっと後悔してる」


 そう言って彼女は苦笑する。そんなにまずいのかと時計を見てみると、十時過ぎに集合してから二時間が過ぎ、今は十二時半になろうという所だった。


「梢ちゃんはお腹空いてる?」

「えっ? うーん……ちょっと?」

「じゃあちょっと早めに見て回ろっか。まだ十二時半やし、ぱーっと行ったら大丈夫やろ」

「でもじっくり見たいんじゃないの?」

「まぁね。だから見た事無い子だけじっくり見ようかなぁと。まぁ動物園に来るの自体久々やから見たい気持ちはあるけど、ほら、象とか麒麟は多分京都にも居るし、その辺はまたいつか梢ちゃんが京都に来た時とかに見ようや」

「まぁ、小豆ちゃんがそれでいいなら……」

「じゃあそれで行こう。オルゴールミュージアムも多分見るとこいっぱいあるやろ? 時間残しとかな」


 行こう、と彼女の腕を引き、メジャーな動物は歩きながら見て、リカオンやヤマアラシ、ミーアキャットなど、見た事の無い動物はじっくりと立ち止まって観察する。彼女はカピバラが好きなようで、写真を何枚も撮っていた。それを見ていると何となく羨ましく感じて、彼女の真似をして携帯で写真を撮ってみるが、どうにも上手く撮れているようには思えず、ついでににやにやと笑いながら写真を撮っている彼女を何枚か写真に収めてから携帯を鞄に仕舞う。


 バレていない物だと思っていたが、「小豆ちゃん」と名前を呼ばれて振り返ると、カシャ、と先程から何度も耳にした音が目の前から聞こえた。


「お返し」


 そう言った彼女の笑顔は呆れるくらいに可愛く思えた。


「後で消しといてや?」

「えー、やだ」

「じゃあネットにあげるのは無しで」

「了解」


 正直写真を撮られるのはあまり好きではなかったが、初めに許可無く写真を撮ったのは私で、彼女はその仕返しとして撮っただけだ。それに、彼女の満足そうな笑顔を見ていると、写真を撮られた事などどうでもよく思えた。

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