第11話 バスに弱い二人
暫く話した後、そろそろ行こうか、と彼女が北口の方へ歩き出す。
「それで、今日はどこ行くん?」
隣に並び、彼女の顔を覗き込もうとして、やめる。
「今日はちょっとバスに乗って、浜名湖の方に行こうかなぁと」
「ほう。釣りでもしに行くの?」
浜名湖って静岡にあったんだなぁ、と馬鹿が露見してしまいそうになるのを咄嗟に隠す。
「んー……釣りはさすがに無理かなぁ。ガーデンパークとか海水浴場とか色々あるんだけど……」
「この季節に海水浴は修行やん」
「うん。ガーデンパークもホームページ見た感じ今の時期は全然咲いてないみたいだから、オルゴールミュージアムとかどうかなぁって」
「へぇ。面白そう」
彼女の話を聞きながら、彼女について行っていると、地下に続く階段を降り、バスターミナルと書かれた看板が天井にぶら下がっているのを見つけた。
「なんか自動演奏のコンサートとかもあるらしくって」
「ええやん」
「あと、その前に動物園も行こうかなぁと」
「近いん?」
「うん。歩いて行こうと思えば行けるくらいには近かった筈」
「じゃあ大丈夫やな」
話している内にバスターミナルに着き、どれに乗るのかと訊く前に彼女が目的のバスを見つけ、丁度来ていたバスに流されるままに乗り込み、後ろの方の席に隣り合って座る。
彼女は急いでいなかったが、私たちが乗り込むとすぐにバスは動き出した。車内のモニターには舘山寺温泉行きと表示されており、その途中に彼女の言っていた動物園の名前もあった。
バスの独特な匂いと荒い振動に顔を顰めながら、窓の外やバスの中をきょろきょろと落ち着き無く観察する。
「バスに乗ったん久々かも」
彼女にだけ聞こえるくらいの声量で呟く。
「そうなの?」
彼女がこちらを見たのが視界の端に見えて、私も少しだけ顔を彼女の方へ向ける。
「うん。高校の修学旅行以来ちゃうかな……。うん。多分そうやわ」
「あぁ、でも私もそうかも。家族と出掛けるってなったら大抵車使うし、友達と旅行もした事無いから」
「そうなんや。卒業旅行とか行ってへんの?」
「うん。私の友達ってあんまりそういうアクティブな人等じゃないから」
「まぁ、梢ちゃんも結構インドア派って言うてたもんなぁ」
言いながら、視界にある彼女の手を何となく見つめていると、触りたい衝動に駆られる。何とかそれを理性で抑え、意識から逸らそうと窓の外に目を向ける。いつの間にかバスは都会らしいビルの建ち並ぶエリアを抜けていた。
「小豆ちゃんはそういうの無かったの?」
「私も別にそういうのは無かったなぁ。言うて私もインドア派やし」
それから話は高校時代の話に移り、それぞれの学生時代の話に花を咲かせる事暫く、バスの揺れに慣れていない私と、元々乗り物にあまり強くないという彼女と二人して乗り物酔いに苦しみ始めて会話も無くなってきた頃、目的地のバス停に到着し、ふらふらと外の新鮮な空気を求めてバスを降りる。
すぅっと大きく新鮮な空気を吸い込み、胸に溜まった気持ち悪さを全て吐き出すように息を吐く。それから彼女を見ると、どうやら私よりも酔いが酷いようで、明らかに顔色が悪くなっていた。
「梢ちゃん、大丈夫?」
「うん……。酔い止め忘れてた……」
一旦彼女バス停のベンチに座らせ、優しく背中を擦ってやる。
「ごめん。ありがとう」
「あんまりしんどいようならベルトとかシャツのボタンとか外すと良いんやけど……」
言いながら彼女の服装を改めて見てみるが、そういうタイプの服ではないので、今言ったような方法は使えそうになかった。
「ううん。大丈夫」
「あっ、水飲む? 私が口付けたやつでも良かったらあるけど」
念の為に自販機や売店は無いかと辺りを見渡してみるが、そう言った物は見当たらなかった。
「貰おうかな」
「ちょっと待ってな?」
膝に抱いた鞄を開け、飲みかけの水のペットボトルを取り出し、蓋を開けて彼女に手渡す。
「飲める?」
そう言うと、彼女はふふ、と笑い、ペットボトルを受け取った。
「大丈夫。ありがとう」
彼女はそう言って水を一口飲み、ふぅ、と息を吐いた。それから彼女はゆっくりと深呼吸をして、よし、と小さく呟いた。
「もう大丈夫」
「ほんまに?」
「うん。水もありがとう」
「それはええけど、またしんどくなったら言うてな?」
「うん。ちょっと遅くなったけど、行こうか」
そう言って彼女は勢い良く立ち上がる。私もペットボトルの蓋を締めながら立ち上がり、鞄を肩に掛け、遠くに見えるライオンらしきオブジェクトが見える方を目指して歩く。
「そういえばこっちに見えてるやつが浜名湖?」
左手側にある港らしき場所を指差すと、彼女はその更に奥の山を指差した。
「あぁ、うん。そうだと思う。あの山の上にオルゴールミュージアムがある筈」
「あれ登るん?」
「いや、あそこまではロープウェイがあるからそれ乗ろうかなぁって」
「なるほど」
「小豆ちゃんが歩いて行きたいって言うなら別にそれでも良いよ?」
「いや、そこはせっかくやからロープウェイ使おう」
「良いの?」
「別に私そんな歩くの好きちゃうからな?」
「でも徒歩一時間くらいなら歩くんでしょ?」
「それは歩くけど、あれは山やん」
「でもそんなに高くないと思うよ?」
「じゃあ歩く?」
「いや、私は遠慮しとこうかな」
「梢ちゃんも嫌なんやん」
先程の顔色の悪さはどこへやら、すっかり元気になった様子の彼女の笑顔を見て、ほっと胸を撫で下ろしつつ、あはは、と口を開けて笑うと、それに釣られるようにして彼女も笑っていた。
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