第4話 side梢
初めてデパートという場所に来て、私の手を引いて歩き回り、あれが可愛い、それは高過ぎると燥ぐ彼女は、やはり年上には見えない。決して悪口ではないのだが、彼女が小柄だから、というのは関係無く、何となく、彼女は私の知っている同年代の友人たちと比べても精神年齢が幼いように感じた。
彼女は私の三歳上で、私と違って四年制の国公立大に通っていたという話も聞いた事がある。だから当然勉強に関しては彼女の方がよくできるだろうし、社会の事も彼女の方がよく分かっているだろう。実際、私の知らない事を彼女は当然ように知っている事も少なくない。しかし何故か彼女からはその雰囲気を感じ取りにくいのだ。
それから彼女はテンションの浮き沈みがとても激しい。段階調節のできない掃除機のように明るい時はとにかく明るく、静かな時はとことん静かだ。動物園に来た子どものように笑顔を浮かべてあちらこちらに視線を向けていたかと思いきや、次の瞬間には全てに興味を失ってしまったかのように冷めた目で遠くを見ていた。それは見ているこちらが心配になってしまう程で、つい「どうしたの?」と訊いてみると、パチッとスイッチが入ったかのように顔に笑顔が浮かべ、私の方を向いて「何が?」と白を切ったような態度で返された。
特に何か不都合があるわけでもないので、不思議な人、というイメージを彼女に貼り付け、とりあえず今はこの状況を楽しむ事に集中する。
本館を散歩ついでに眺めるように見て回り、少し休憩を取った後、新館の方へ移動する。
新館に着いてからの彼女は用事の無い店でも端から端まで歩き、商品を眺めていた。その姿を見ていると、彼女がゲームの中でうろうろと歩き回っていた時の事を思い出した。
彼女はRPGやアドベンチャーと呼ばれるジャンルのゲームをすると、ゲームをやり込む上では確かに大切な事ではあるのだが、そんな所には何も無いだろうと思われる場所にも行き、フィールドの端から端まで調べ尽くそうとする。最近のゲームは何でも無いただの景色だけでも楽しむ事ができ、そうすると彼女は道端の花にすら気を取られてふらふらと歩き回り、ストーリーがまるで進まない。
さすがにゲームのように壁を触ったり床を捲ったりはしていないが、現実でも同じような動き方をするのだと、こうして実際に会って初めて知る事のできる事実を知れた事に妙な高揚感を覚えた。
「梢ちゃんってトレンドとか分かる?」
彼女が店頭に並んでいた服を広げながら訊ねてくる。
「えぇ? トレンドかぁ」
「梢ちゃんもあんまりトレンドとか気にしないタイプ?」
「うん。あんまり気にしないかなぁ」
答えながら私も傍にあった服を広げてみるが、あまり好みの物ではなくて、軽く畳んで元に戻す。
「私は今日もそうなんやけど、好きな物しか買わへんねんかぁ」
「あぁ、私もそのタイプだよ」
「そうなん? とか言うて向こうで売ってた高いの買ってたりするんちゃうん」
「いやいや、あれはさすがに無理。というか小豆ちゃんが買えないようなの私が買えるわけないじゃん」
「でもそのうち有名になったら買えるようになったりするんちゃう?」
お世辞なのか本気なのか、相変わらず彼女からの評価が高く、少し申し訳無いと思ってしまう。
私はイラストレーターとして働いているが、ネットの世界に溢れている人たちの中で言うと私の実力は当然キリの方だ。それなのに彼女は私の絵を好きだと言ってくれていて、これまでに何度か依頼もしてくれている。そこまでしてくれているのだから、お世辞ではないと思っているが、だからこそ申し訳無い気持ちになる。
「そうなったら良いけど……お金貯まっても結局機材とか買ってそうなんだよね」
「あぁ、それはそれでぽいなぁ」
それから彼女は店の奥に入っていき、気になった服を手に取っては鏡の前に立ち、時折私にどちらが可愛いかと二択を迫ってくる。しかしどちらかを選んだとしても別に買うわけではないらしく、ただ試着を楽しんでいるだけのようだった。たまに私に似合う服を見繕ってくれるのだが、私が普段着るような服ではないため、試着する分には良いが、実際にそれを着て街に出るのは少々勇気が必要そうだった。
お互い何を買うわけでもなく歩き回っていると、時折彼女は疲れていないかと私を心配してくれる。そのちょっとした気遣いに嬉しさを感じ、数少ない年上らしさに感心してみたが、これを口に出すときっと彼女は怒るのだろうな、と口角を上げる。
一通り下から上までを散策し、満足した所で、ちょっとしたサプライズの為に彼女をカラオケに誘う。彼女は少し不思議そうにしながらも頷いてくれたので、今度は私が彼女の手を引いてデパートを後にする。
「疲れた~」
彼女は部屋に着くなりコートを脱ぎ、ソファに倒れるように腰掛ける。何故かそんな行動すら可愛く思えた。私はどうも自分が思っている以上に彼女の事が気に入ったらしい。
「ごめんな、疲れたやろ」
彼女の隣に座り、ふぅ、と息を吐いて肩の力を抜くと、彼女が眉をハの字にしてこちらを見ていた。
「いやいや、大丈夫。楽しかったし」
「結局何にも買わんかったけどな」
「そういうものじゃない?」
「そういうもんかぁ」
彼女は炭酸が苦手だと言っておきながら、ここに来る前に貰ったコップにホワイトソーダを注ぎ、そして一口飲んで顔を歪ませていた。そんな彼女の行動が可笑しくて、可愛らしく思えて、笑っていると、彼女に睨まれてしまったので「ごめん、ごめん」と軽く謝っておく。
それから何か歌うかと提案されたが、先にプレゼントを渡したかった私はそれを断り、鞄から手の平サイズの小さな箱を取り出す。
今日のオフ会が決まった時から彼女が喜んでくれる物は何だろうかと考えて選んだ物だ。正直あまり悩みはしなかった。あまり高い物をあげても彼女を困らせてしまうだけで、大きな物は当然邪魔になってしまう。そうやって色々な条件を考えていた中から、彼女が普段使いできる物を選んだのだ。
「小豆ちゃん」
名前を呼び、箱を手渡すと、彼女は首を傾げてそれを受け取り、
「何これ。リップクリームか何か?」
そして何故か中身を言い当てた。
「えっ、何で分かったの?」
思わず大声を上げて、ふと思い出す。いつだったか彼女が当時付き合ってたという彼氏にサプライズプレゼントをされたらしいのだが、その時見た箱の大きさや重さから冗談のつもりで言った物がずばりそれで微妙な空気になってしまった、という話をしていた。
「ごめん」
彼女は申し訳なさそうに俯いていたが、私としてはただ面白いだけだった。
「別に、謝らなくても良いんだけど、ちょっと早めのクリスマスプレゼント。それから会いに来てくれてありがとうって事で、そのお礼のプレゼント」
「良いの?」
彼女は俯いたまま答える。
「うん。いつも遊んで貰ってるし、遠くから会いに来てくれたし、まぁ、そういう色んな感謝の気持ちだから」
「そっか……。ありがとう」
彼女は顔を上げ、笑顔を見せてくれた。
それから彼女は箱をくるくると回し始め、何がしたいのかと観察していると、何をするでもなくそれをそのまま鞄に仕舞った。
相変わらず謎の行動が多い。
「別に開けてくれて良いのに」
「だって、なんか勿体ないやん」
「開けてあげようか?」
「ええって。ホテルに戻ってから開けるから」
そう言って彼女は鞄を私の手から守るように抱える。
「まぁ、別に良いけどね。今開けてくれないと困るような物も無いし」
これがもしピアスや指輪などのアクセサリーであれば、その場で開けて身に付けてみてほしい所だったが、今回は開けてもらった所で大した反応は見られないので、わざわざここで開けさせる必要は無い。
こんな事なら手紙でも書いて挟んでおけば良かっただろうかと考えていた時、気付かぬ内に彼女の頬に手を当ててしまっていた事に気が付き、慌てて距離を取る。
「ごめん」
手は繋いでいたものの、さすがに顔に触れられるのは嫌がられるだろうと、思ったのだが、彼女は予想外な事に、「撫でたきゃどうぞ?」とどこか挑発するように言ってきた。
そう言えば彼女はスキンシップが好きだといつか言っていたな、とどこかから記憶を引っ張り出してきて、恐る恐る彼女の髪に触れる。
撫でているうちに彼女はまるで私を完全に信頼している事を示すように目を瞑っていた。
それに気付いた瞬間、心の底の方から邪な感情が湧き出してきて、それを誤魔化すように軽く額を人差し指で弾いてやると、彼女は大袈裟に痛がって文句を言ってくる。
その姿はどう見ても可愛らしい妹のようだった。
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