第28話

 朦朧とした意識の中、誰かと会話してる声が聞こえてきた。

 柊那ひなの手を掴もうと腕を動かすがなにも見当たらない。

 その瞬間一気に心拍数が跳ね上がるったとわかったけど、なんとか自分を落ち着かせる。

 大丈夫、声は聞こえるしきっと近くにいるはず。


「ひなぁ?」


 ベッドから上半身だけ起こしてあたりを見回すと、案の定すぐに彼女を見つけることができた。

 同時に寝起きにも関わらず全力ダッシュした後のような鼓動をしていた心臓も、落ち着いていくのがわかった。

 ただなんか変だ。

 彼女は私と目が合ったのに、驚いた表情のまま固まっている。

 彼女に近寄ろうとベッドから降りると、彼女の口が開いた。


「――わかったら早く送って。じゃあ切るから」


 柊那は私にまだバレてないとでも思っているのか、さっきまで耳に当てていたスマホを急いで隠した。


「起こしてごめんなさい。寝ましょう」

「誰と話してたの?」

「話してないですよ」


 柊那はいつも通りの笑顔を向けてくるけど、そんなんじゃ誤魔化されない。

 絶対今隠したでしょ。


「柊那っ」


 自分でも驚くような大声で彼女を呼んでしまった。

 柊那も一瞬だけ驚いたかのように眉を動かしたけど、すぐにさっきまでの顔に戻る。


「寝ましょ」


 柊那は私の手を引いてベッドまで連れて行こうとしたが、無意識にその手を弾くと言った。


「もういい、帰る」


 自分でもおかしなことを言ってるのはわかってる。

 帰るって言ったってこのまま家に帰るわけにはいかない。

 だからって頼れる人がいるわけでもなし。

 けど、「わかってるんだから隠さないでよ」という一言が出てこない。


「まい?」


 柊那の表情を見なくても心配しているのはわかる。

 ただそんな声で呼ぶなら誰と話してたのか教えてよ。


「ほっといて!」


 そう言って部屋から出ようとしたが、彼女の手が私の腕をしっかりと捕まえて動けない。


「離してよ……」

「ごめんなさい」

「別に謝ってほしくなんかない」


 自分でもどうしたらいいのかわからない。

 素直に全部話せば上手くいく気もするけど、もし上手くいかなかったら?

 私に通話してたことすら隠す相手って、柊那は誰と話してたんだろう。


「なら私どうしたらいいんですか?」

「知らない。ほかの女のところにでも行けば?」


 一度開いた口はコントロールしようとしても止まらない。

 私の言葉を聞いて柊那がため息をついたのもわかっているのに、私の意思に反して動き続けた。


「私に隠れて連絡するぐらいだし、さっさとそっち行った方がいいんじゃないの?」

「いやっそれは、違くて……」

「なにがっ?」


 さっきまで目を見て話していたくせに、柊那はそれを言ってから全く目を合わせてくれなくなった。

 なんでそんな不安にさせるの……。

 違うっていうならちゃんと否定してよ。


「否定できないならいいよ。もう勝手にして」

「私には真衣まいしかいないのわからないんですか?」

「……わかるわけないでしょ」


 前だってなにか言いかけてやめたし。

 今だって。

 柊那が私と一緒に居続ける理由とかわからないよ。

 メリットもないし。


「どうしたら信じてくれますか?」

「じゃあ一緒に死んで」


 ほかに誰かいるなら死ねないでしょ。

 それに二人で死ねば今後誰かに柊那を取られることもないし。


「……。わかりました。どうやって死にます?」


 柊那はその日の晩御飯でも確認するかのように尋ねてきた。

 どうやってって……。考えてなかった。


「私はいいですよ。後から追いかけてくれるならどんな方法でも」


 彼女は表情の消えた顔に無理やり作ったような笑顔で微笑んできた。


「ゆっくり考えましょう」


 柊那はベッドに腰かけると横に座るように促してきた。

 さすがにそれを拒否する理由は無いし、少しだけ隙間を作って彼女の横に座るとすぐにその隙間を埋められた。


「大好きですよ、真衣」

「そんなこと聞きたくない」


 好きと言われて一瞬でも喜んでしまった、自分が嫌になる。

 その言葉がどれだけ信用ならないものかわかってるのに。


「私が言いたいから勝手に言ってるんですよ」

「黙ってて」


 私がそう言ったのに、柊那は私の耳元でさらに囁いてきた。


「大好き」

「うるさいっ。そんな言葉聞きたくない」

「ごめんなさい。なら聞きたい言葉言ってくれたら言いますよ」

「そんなのないし……」

「じゃあ私が誰と話してたかも知らなくていいんですね?」


 柊那はさっき隠すようにしまったスマホを目の前に出すとひらひらと見せつけてきた。


「教える気なんてないくせに……。さっき隠したの忘れてないから」

「ごめんなさい、真衣に心配かけないようにするつもりだったんですけど……」


 だったら初めからちゃんと話してよ。

 感情に任せて文句を言いたいのをなんとか我慢していると、私の膝の上に彼女のスマホが置かれた。


「ロックは解除したので、好きなように見てください。最後に通話してた相手の確認方法わかりますよね?」

「それは、わかるけど……」


 そのまま突き返してもよかったけれど、今の柊那には受け取ってもらえる気がしない。

 黙って通話履歴を確認すると、一番上に「志保しほ」とあった。


「嘘でしょ?」

「ほんとですよ……」

「なんで?」


 柊那と志保って仲悪いんじゃないの?

 え、柊那の新しい彼女が志保ってこと?

 ありえない考えが頭の中をめぐっていると冷めた目をした柊那が言った。


「今変なこと考えてるでしょ」

「いや、そんなことは……」

「お金送ってもらおうと思ったんですよ……。あの人以外に頼れる人いないし。誤解させてすみませんでした」

「大丈夫だけど……」


 頼れる人いないって言ってたけど、なんでよりによって志保?

 てかもうすでに誰かに頼らないといけないような状態になってたの?


「ちょっとは、落ち着きました?」


 柊那は突然そう尋ねてきた。


「落ち着いたって、さっきからずっと落ち着いてたけど……」

「嘘つき、全然落ち着いてなかったですよ」


 そう言うと柊那は私のことを抱きしめてくる。

 少しだけ鼻をすするような音が聞こえる気がした。


「けどよかったです。そう言えるくらい戻ってくれて」

「どうしたの、柊那」

「だって、いきなり一緒に死んでって。まあ本心から言ったなら死にますけど。私のせいとはいえ、やっぱり信用されてないんだなって思うと辛くて」

「ごめん……」


 背中に食い込んでくる彼女の爪が少し痛い。

 けど多分私も今同じくらいの強さで抱きしめている気がする。


「いいですよ。私が信用されてないのは今に始まったことじゃないし。それよりちょっと散歩行きません? あの人からお金もらえそうなので色々買えますよ」

「いいけど、この時間に?」


 時計はすでに二時を回っていて、私が寝た時間を考えても多分午後ではないことはわかる。


「深夜の散歩も楽しいと思いますよ」

「まあそうかもしれないけど……。それよりお金って……」

「『真衣の首絞めたことバラまこうか?』って言ったら快く送るって言ってくれました」


 それって脅迫なんじゃと思ったけど、まあ首絞めたのは事実だしお互い様か。

 どこにバラまくのかはわからないけど、逃げた元恋人の首を絞めてたのがバレるのは意外と避けたいことなのかもしれない。


「わかったじゃあいくよ」


 少し肌寒い気はするけど、志保とはこんな時間にデートとかしたことなかったし、結構悪くない。

 話してた相手も志保だったし、本当によかった。


「柊那、大好きだよ」

「私もですよ」

「あっち、海――」


 そう言いかけた時、聞いたことのない声で私の言葉は遮られた。


「ちょっとお時間よろしいですか?」


 振り返ると、二人の警察官が立っていたことだけは覚えてる。

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