第27話

真衣まい、もう終わりですか?」

「無理だって……。散々やめてって言ったじゃん……」


 柊那ひなは後ろから私を抱きしめながら囁いてくる。

 ただそんな甘えた声を出されても身体が動かない以上、柊那の希望には答えられない。

 帰ってから休みなしでするなんて聞いてないよ。


「けどやめてって言う割にはノリノリでしたよね。声我慢しながら必死に顔隠して可愛かったですよ」

「あんな顔見られたいわけないじゃん……」


 私のことを散々いじめてきたくせに、柊那の身体は全然いじらせてくれないし……。

 ベッドの上から逃げようとしても、すぐまた捕まって柊那の思うがままにされてしまった。


「だって、私が気持ちよくなったってしょうがないじゃないですか?」

「なにそれ……」

「あの人としてる時、私が聞いてなかったとでも思ってるんですか……」


 まあ志保しほには何度か「今日は声抑えて」と言われたけど。

 やっぱり聞こえてたのか……。

 あれだけ騒いで文句言いに来なかったな。


「あの人やられた分以上に真衣のこと満足させたいんですよ」

「そういうこと……」

「だからどれだけやめてって言われてもやめる気はないです」


 柊那は自信満々にそう言ってくるけど、それが目的だったら私にだって考えはある。

 私は柊那の頭を押さえ、じっと目を見ると、多分今一番訊きたくない女の名前を口にした。


「じゃあ私が志保を攻めた時の記憶は永遠にそのままだけど、いいんだね。志保は可愛かったよ」


 彼女の瞳を見つめるとき「志保と比較されるの嫌でしょ?」との意味を込めた視線を送ったけど、気づいてるはずだ。

 その証拠というわけじゃないけど、見る見る彼女の表情から色が消えていった。

 

「最低……」

「知ってる」


 最低でもなんでもいい。

 柊那が私のことを必要としてくれるなら、何だってする。

 私には逃げたい理由があるけど、柊那にはない。

 だからもし柊那の気が変われば私は独りになってしまう。

 それなら、どんな形でも一緒に居たいと思ってくれた方がいい。


「そんな言葉でいちいち煽らなくても私はどこにもいきませんよ」


 その言葉が信用できないから言ってるんじゃん……。

 どれだけどこにもいかないって言われても結局口だけだし。

 志保だって私のこと好きって言ったくせに、ほかの女と遊んでた。

 朱莉あかりも大丈夫とか言ってたくせにダメだった。

 柊那だってきっと、どこか行くに決まってる。


「けどまあ本当にあの人を攻めた記憶が残ってるのは癪だし、やってもらいましょうかね」


 柊那は余裕のありそうな顔で微笑んできた。

 いざやってと言われると興が覚めるかもしれないけど、また柊那にやられるよりましか。

 こっちの都合とか関係なく進められるから、全然休ませてくれないし。


「わかっ――」


 そう言いかけて気が付いたけど、これから動くにしては身体がべたついて気持ち悪い。

 大体は汗のはずだから、流せばすぐに綺麗になると思うけど……。

 言いかけてやめたのを気にしているのか、私が体のべた付き具合を確認している間、柊那は不思議そうな顔でこっちを見ていた。


「シャワー浴びるからついて来て」


 柊那をお風呂場に連れて行こうと手を掴むと、逆に私が引っ張られた。


「なに?」

「汗流すならせっかくだしプール行きません?」

「あーまあいいよ」


 プールで遊べばある程度はきれいになるしいいか。

 時間制限あるわけじゃないし。


「じゃあこれ着てくれませんか?」


 彼女はしばらくさっきの服が入った紙袋を漁ると、なにか服を出してきた。

 広げてみると、胸とスカート部分にフリルのついた黒いセパレートの水着だった。


「いつ買ったの?」

「さっきついでにですよ。服を選ぶときに一緒のカゴに入れてたんですけど、気づきませんでした?」


 一瞬水着コーナーに入っていったのは見ていたけど、買ったのまでは見えてなかった。

 まあ裸でプール入るのも違和感すごいし、まあいいか。

 着てみたけど、サイズも悪くない。


 鏡で確認していると、私と全く同じ水着を着た柊那がいた。


「柊那もそれなの?」

「ダメですか?」

「いやいいけど……」


 買ってくれたのは柊那だし、私がなにか何か言う資格はない。

 それに柊那は私の服勝手に着てたし、それを受け入れた時点で同じ服着てるぐらいべつにいいか。


「じゃあ、早く行きましょう!」


 柊那に急かされてプールへと続くドアを開けると、さっきいた部屋とほぼ同じサイズのプールがあった。


「ちょっ広くない?」

「狭いプール入ってもしょうがないじゃないですか」


 私にそう言うと柊那は一目散に飛び込んだ。

 飛び跳ねた水滴が冷たい。


「柊那っ」


 私がそう言うと彼女は私に向かって水をかけてきた。


「ほら、早く入りましょう」

「わかったよ」


 柊那に促されて入ると、少し冷たいくらいの水が火照った身体に丁度いい温度だった。

 このぐらいの広さだったら少しは泳げるかな。

 プールで泳ぐのなんてしばらくぶりだけど、壁を蹴ると思った以上に進んだ。

 さっきまで私がいたところ振り返ると、柊那が感嘆の声を上げていた。


「真衣泳げたんですか」

「泳げるよ、一応ね……」


 そこまで早い方ではないし、多分上手くはないけどプールで楽しめるくらい泳げる自身はある。


「柊那は泳げないの?」

「あー私はあんまり……」


 柊那は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 そんな申し訳そうな顔しなくていいのに。


「教えようか?」

「んー、大丈夫です。せっかく教わっても上手く泳げる自信がないので」

「そう」


 柊那は「泳いてるの見てるだけで楽しいので好きなだけ泳いでください」と言うと隅の方に移動した。

 別に私としては上手く泳げなくてもいいけど、まあ柊那が言うなら。無理やり誘ってもよかったけれど柊那の性格的に「やっぱり教えて」とは言わないだろう。

 私は再度水に潜ると、思い切り壁を蹴った。


 ◇


 何往復しただろうか。水の中から思い切り顔を出すと、暇そうにあくびしている柊那が目に入った。

 やっば。さすがに泳ぐのに夢中になりすぎてたかもしれない。泳ぎ始めてどのくらい経ったかわからないけど、暇そうにしているということは結構な時間泳いでたんだと思う。

 さすがにこれ以上暇させるのは悪いし、一緒になにかと思ったけど、柊那は泳げないのになんでプール付きの部屋を取ったの? という疑問が私の頭を過った。


「柊那って泳げないんだよね? なんでこの部屋選んだの?」

「だってプールがないと水着姿見せてくれないでしょ?」


 なんか水に入らなくても水着を着る人がいるみたいな言い方をされた気がするけど、当たり前でしょ。

 水着ってそういうものだし、プールとか海に行かないんだったら着る必要がない。


「柊那はプールなくても水着着るの?」

「真衣に頼まれたら着ますよ」


 柊那はさも当たり前のような顔でそう言ってくる。

 ああそういうことか……。

 それだったら私もと言いたいけれど、プールもないのに頼まれたらなにか裏があるのかと疑ってしまって着たくない。

 ん? てことは、柊那はプールに入りたいからこの部屋選んだわけじゃなくて、私の水着を見るために選んだってこと?


「私の水着ってそんなに見たい……」

「当たり前じゃないですか。私一回も見たことないんですよ」


 あれ、けど、一緒に海とか行ったことって……。

 記憶をひっくり返してみるが、志保とは毎年のように行っていたけど、柊那と一緒に行った記憶がない。

 志保の家の車で送ってもらうことが多かったから忘れてたけど、柊那と行ったことってないのか。

 まあ柊那、志保、私で海、プール……。楽しめる気はしないから行かなくてよかったのかもしれないけど。


「だから今回見れてよかったです」

「まあ水着ぐらいなら、いつでも見せるよ……」

「ほんとですか!」


 柊那はさっきより一段と高い声を出すと、満面の笑みで抱き着いてきた。

 喜ばれると悪い気はしないけど、もしかしたら間違えたかもしれない。

 けどまあ、柊那なら私の背中のほくろの数教えてって言っても答えられるくらい見てきただろうし、今更恥ずかしがってる私のが変なのかもしれない。


「柊那もその時着てくれるならだけど……」

「着ますよ! ただ……何着るかは真衣に選んでほしいです」

「それくらいなら、まあ」


 もしかしたら一緒に着たいと言えば恥ずかしがってやっぱりいいですとか言うかと思ったけど、そんなことなかったか……。

 けど一人で着てる姿を見られるよりましかな。

 柊那のほかの水着か……。

 多分何着ても似合うんだろうなと彼女を見た時、少しだけ身体が震えているのがわかった。

 そういえば私は泳いでたけど、柊那ってプールに入ったままほぼ動いてないっけ。


「疲れたから休みたい」

「じゃあ戻りましょうか……」


 寒さで震える柊那の手を取ると、プールサイドまで一気に引き上げた。

 水から上がったほうが彼女の震えは顕著になってる気がする。

 寒いんでしょ?って言ってもいいんだけど、今の柊那にそんなこと言うと必要以上に感謝されたりしそうでめんどくさい。

 柊那が身体を拭き終わるのを待って私は言った。


「寝てる間傍にいて」

「わかりました」

「手」


 そう言って半ば無理やり柊那の手を取ると、ベッドの中に引きずり込んだ。

 どうせ私の身体も冷え切ってるし大した意味がないのはわかっているが、つい抱きしめてしまう。

 冷え切った身体が互いの熱で温まっていくのを感じていると、ゆっくりと意識が消えていくのがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る