第25話
曖昧な意識の中、目を開けると
まだ寝ぼけているせいもあるかもしれないけど、表情からなにを考えているかまでは読み取れない。
「起きました?」
「……起きた」
柊那は私の目にかかった髪を指でどかしながら話しかけてくる。
触られるのは別にいいんだけど、目を覚ました後も見つめられ続けるのはちょっと恥ずかしい。
「いつまで見てるの?」
「ほかに見るものないので」
ほかにって、スマホとか……。場所がバレるから電源切ってあるけど。
本とか……。私は一冊も持ってきてないけど。
あとは……。テレビとか?
好きな番組でもみればとリモコンに手を伸ばすと、柊那にしっかりと手を握られていることに気づいた。
「離して」
「先に掴んできたのは、
その言葉の通り、私が力を抜くとあっさりと手は解けた。
なんかムカつく。
相手を必要としてるのは私だけみたいで、柊那は私がいらないと言ったらすぐにいなくなってしまいそうな気がする。
「ねえ、私が離しても握り続けててよ」
「さっきは離してって言ってたのに?」
柊那は口元を隠しながら笑う。
余裕そうな姿を見ると余計ムカつく。
「離してって言っても離さないで」
「わかりました、離しませんよ」
柊那はため息こそ吐かなかったが、態度は言うこと聞かない子供を相手にするときのそれと完全に同じだった。
柊那が再度握ろうと伸ばした手を無理やり掴む。
振り払われるかと思ったけど、目を丸くするだけでそれ以上の抵抗はなにもなかった。
私の中では痛いと思うくらい強く握っているのに、質問も痛みによるうめき声もなにもない。
「少しぐらいなにか言ったら?」
「大好きですよ、真衣」
なんで柊那はこんな余裕があるんだろう。
理由はわからないけど、今日は柊那の一挙手一投足すらムカつく。
「大嫌い」
「知ってる」
少しは動揺した素振りぐらい見せてくれたっていいのに。
柊那は私の言ったことなんか何一つ気にしてないかのように言ってくる。
「指噛むから、噛まれたい指選んで」
吐き捨てるように私は言った。
言ったとしても私の中のもやもやが晴れるかはわからない。
もしかしたらこれのせいでもっと増えてしまうかも。
ただ柊那も少しぐらい痛い思いをすればいい。
「じゃあ薬指がいいです」
「薬指?」
私が今掴んでいる手を口元に持っていくと、柊那は慌てて言った。
「あ、そっちじゃなくて……。左手の……。第二関節あたり……」
注文が多い。
噛むならどこでもいいじゃん。
どうせ痛いんだし。
言いたいことはいろいろあるけど、どうせ今の柊那に何言っても適当に躱されそうだし、黙ってご希望通りの左手薬指第二関節に噛みついた。
ただ不満を込めて予定していたのより少しだけ強く。
「いっ……」
始めの内は期待通り顔をゆがませてくれたけど、だんだんといつもの表情に戻ってくる。
その顔を見てさらに噛む力を強くしたけど、柊那の表情が痛そうなものに変わることはなかった。
「はい、おしまい」
口を離すと、柊那はさっきまで噛まれていたせいで歪にへこんだ薬指を眺めていた。
その瞳は何かに魅了された時のような、自分の好きなものを見つめるときのような曇りのないものだった。
「そんなにいいの?」
「え? 当たり前じゃないですか」
「ならよかった……」
本当なら柊那に痛い思いさせようと思ったのに、そんな嬉しそうな顔されると張り合いがない。
なんか今日の柊那に何をやっても全部裏目に出る気がする。
「ねー柊那、お腹すいた」
「あーなんか頼みますか?」
柊那はどこからかルームサービスのメニューを出してきたけど、どれも高い……。
まあちょっとした贅沢とかで考えれば余裕で出せるけど、今贅沢してる余裕とかあるんだろうか。
「どれにします?」
「いやいいや……。下にコンビニあったよね?」
「出かけます?」
そう問いかけてくる柊那の顔はどこかキラキラと輝いているように見えた。
「出かけたかった?」
「買いたいものとかもあったので」
「じゃあ、行こう」
私が声を掛けると、柊那は迷うことなく私の服に手を伸ばした。
私の服に躊躇うことなく袖を通す柊那を眺めていると「私の服着ていいですよ」と言ってきたけど、なにか違う気がする。
まあサイズ的には入るけどさ……。
「今からでも私の服返してくれたりしない?」
さっきから想像できないくらいテンションを上げて鏡の前で独り踊っている柊那にこんなことを言うのは悪いけど、声を掛けた。
「え、嫌ですよ」
柊那は満面の笑みでそう返してくる。
なら着るしかないか。
ただそう諦めても、まだ諦めきれない。
柊那の服なー……。絶対柊那の匂いするんだよね。
匂い自体は嫌いじゃないし、むしろ好きな部類だと思う。
だからってその匂いに包まれるのが好きかと言うと……。好きだけど。
ただ今まで柊那の匂いをまともに嗅いだのって大体抱き着かれた時で、なんでかわからないけど嗅ぐたびに頭が回らなくなった記憶がある。
外に出てる間中ずっと柊那に包まれているのと同じ状態になるとして、私は正気を保っていられるんだろうか……。
「あのさ、なんで私の服着たの?」
私の問いに対し、柊那は少し首を傾げ「なに当たり前のこと訊いてるんですか?」とでも言いたげな表情で答えた。
「好きな人の服を着たいのに理由なんていますか?」
「いや、いいや……」
そこまで答えに曇りがないと、匂いぐらいで気にしてた私の方が恥ずかしくなってくる。
まあ私の服着た柊那もかわいいなとは思うしデメリットはないからいいんだけど。
これからは二人で一着とか思うしかないか……。
なるべく匂いを意識しないように、これは柊那の匂いが移った私の服と心の中で唱えながら袖を通すと、急いで柊那に近づいた。
さすがに柊那がいないところで匂いがしたら動揺するけど、隣に居てくれればどうとでもいいわけができる。
普段以上に柊那にくっつくと「行こ」と言った。
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