第23話

真衣まい、着きましたよ」

「もう?」

「もうです」


 柊那ひなに連れられてプラットホームまで出ると、私たちだけしかいない世界が広がっていた。

 寝起きで重い身体を引きずりながらなんとか歩く。


「この後どうするの?」

「とりあえず泊る所でも探そうかなと」

「見つかるの? 身分証とかいるんじゃないの?」

「多分、大丈夫なはずです」


 さっき探すと言ったくせに、柊那は行き先が決まっているかのように迷わず進んでいく。

 ただ柊那の進む先はキラキラとしたネオンが照っていて、明るいのに少し不気味だ。


「ねえ、柊那?」

「大丈夫ですよ」


 彼女は私の不安を察したのか、笑って私の腰を抱き寄せると迷わず何かの建物に入っていった。


「ここって……」


 私が耳元でそう訊いても、彼女は黙ってタッチパネルを操作している。


「ねえ、柊那……」

「真衣はどの部屋がいいですか?」

「じゃあ、ここで……」

「行きましょうか」


 柊那は適当な部屋を選ぶとまた私の手を取って歩き出した。

 ここまで全く迷いなく進んでいくけど、柊那は誰かと来たことあるんだろうか。

 そんな不安を胸に抱えながら選んだ部屋まで行くと、柊那はこぼした。


「うわっ、広っ」

「知ってて選んだんじゃないの?」

「いや、なにも知りませんでしたよ。こんなところ来るの初めてだし」

「あーそうなんだ……」


 その言葉にちょっとほっとしてしまう自分が嫌だ。

 別に来たことあるからなんだって話だし、柊那が柊那でなくなるわけじゃない。


「真衣は私が誰かと来たことあったほうがよかったですか?」

「別にどっちでもいいけど……」

「へーじゃあ、今度誰か誘って二人きりで行こー」


 柊那は挑発的な目で見つめながらそう言ってくる。

 身長差はほぼないのに、なんか見下ろされるような気分だ。

 嫌だって言ってしまっていいんだろうか?

 どこまでが言っても許されるラインなのかがわからない。

 私がそのまま黙っていると、さっきまでの笑顔が完全に消えた柊那は言った。


「本当にいいんですね、行って」

「……嫌だよ」


 こう訊かれると言わされているような気分になる。

 なにか私も仕返ししたいけど、適当な言葉が浮かんでこない。

 こういう時志保しほにはどうしてたっけ?


「大丈夫ですよ、行きませんから」

「ありがとう」


 柊那に抱きしめられて嬉しいのに、なぜか息苦しい……。

 私の周りにある空気が全部吸われてしまっているような気分だ。


「真衣、お風呂行きません?」

「いいよ、行こうか」

「じゃあ私、ちょっと張ってくるので待っててください」


 柊那がそう言ってお風呂場の方へ姿を消すと、急に身体が震えてきた。


「ねえ、待って……。ひなぁ」


 一人で立っていることもできず、その場にへたり込んで情けない声で彼女を呼んだ。

 柊那がいなくなっただけなのに、胸が締め付けられたように苦しくて、呼吸ができない。

 這うようにお風呂場まで進むとようやく私の存在に気付いた柊那が掛け寄ってきてくれた。


「大丈夫ですか?」


 彼女に抱きしめられても、早くなった鼓動は変わらないし、涙が止まることもない。

 返事もできなくなりただ頭を横に振ると、彼女は優しく抱きしめてくれた。


「ごめんなさい独りにして」


 私だって、独りになっただけでこんな不安が襲ってくるとは思わなかった。

 もう独りでいてもなにも問題はないのに、志保の影がどうしてもちらつく。


「だいじょうぶ」


 こんな返事の仕方をすれば逆に心配させるとわかっているのに、私の口からは柊那の不安を煽るような言い方しか出てこない。

 これだったら、素直にダメって言った方がよかったのかもしれない。

 ただ今変えると余計構ってほしいみたいに思われそうで、かすかに残った私の理性がストップをかけてきた。


「これからはずっと一緒にいるので安心してください」

「ありがとう」


 柊那にお風呂が張れるまでずっと抱きしめられていると、さっき感じた息苦しさも体の震えもどこかに行ってしまった。


「じゃあ、入りましょうか」

「うん……」


 さっきはそんなことしなかったくせに柊那はお風呂に行く短時間でも握った私の手を離さない。

 それどころか、お風呂場につくなり彼女は私の服に手を伸ばした。


「自分で脱げる……」

「いいですよ。私がやります」


 拒否しても、柊那は脱がせようとするのをやめなかった。

 今の柊那に何言っても聞いてくれないよね。

 ため息をつくと言った。


「わかった。じゃあお願い」


 やられてみると、悪い気はしない。

 まあ裸を見られても気にならない相手に限られるだろうけど、柊那がその気にならない相手に入らないとは思えない。

 その後ボディーソープに手を伸ばしても、「私がやります」と言ってきたので任せることにした。

 多分数日経てば飽きていつも通りになるでしょ。


 一国のお姫様にでもなったような気分で柊那に任せていると、彼女は言った。


「真衣知ってます? この部屋プール付きなんですよ」

「ほんと?」

「私もまだ実物見てないけど、部屋説明にはそう書いてありました」

「じゃあ入ってみようかな」


 そんな話をしている間も、柊那はまるで自分の身体でも洗っているかのように迷いなく手が動いていた。

 洗い始めは違和感がなかったわけではないけど、今では彼女の手も私の身体の一部のように思えてくる。


「ねえ、背中、かゆい」


 試しにわがままを言ってみても、彼女の手はすぐにそこまで動く。


「なんでこんな事するの? 服脱がせて体まで洗って」

「聞きたいですか?」


 彼女はクスクスと笑いながら訊いてきた。

 訊きたいと言ったらちゃんとした答えを言ってくれるんだろうか。

 多分適当にごまかされるような気がする。


「いいや……。それより早く入ろ」

「わかりました」


 前に柊那と入ったことはあるけど、その時とは何もかも違う。

 あの時はまだ志保と付き合っていたけど、もう志保は彼女じゃない。

 柊那が彼女……。だと思っていいんだろうか。

 彼女の顔を見つめると、恥ずかしそうに顔を逸らされた。

 そのくせ足はしっかりと絡められている。

 二人で足を延ばしても十分くつろげるくらい広いお風呂なのに。


 まあ柊那が何を言いたいかわからないわけじゃない。今まで志保に散々言わされてきたし。

 私の方から少しだけ彼女に近づいても逃げることはない。

 やっぱり。いいかさっき身体綺麗にしてもらったし。

 無抵抗な柊那と唇を合わせると私は言った。


「ベッド、いこう」

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