第22話
「なんかここまで来るとようやく落ち着ける気がしますね」
「そうだね」
あの後、私たちは夜になるのを待って出発した。
どこに行くかは知らないけど、柊那に「どうするの?」と聞いたら、何も言わずに最終の新幹線の切符を渡してくれたので、ある程度は決めているんだと思う。
「
振り向くと、柊那は手を差し出していた。
これはどういう意味の手なんだろう?
迷った結果、お手をするような感じで手を重ねると、柊那は笑い出した。
「違いますよ。スマホ。さっき渡してくださいって言ったじゃないですか」
そういえばそんなこと言ってた気がする。
あの時は乗り換え先を見つけるのに忙しくて、適当に返事しちゃったけど。
「やっぱり渡さないとダメ?」
「何から跡が付くかわからないじゃないですか」
「……、そうだね」
私がスマホを渡すと、私を安心させるかのように落ち着いたトーンで言った。
「大丈夫ですよ。スマホがないと不便なのはわかってるので、途中で中古のスマホでも買います」
「わかった」
車窓から流れる夜景を眺めるが、どうにもこれが現実のような気がしない。
一応大人っぽく見えるような恰好をしたと思うけど、見る人が見たら一瞬でバレてしまうんじゃないか。
置き手紙は書いたけど、捜索願を出されるんじゃないかと今さら考えてもどうにもならない問題が頭の中を駆け巡る。
「あのさ柊那。さっき家帰ったとき志保の様子見たでしょ? どうだった?」
「気になりますか?」
そう訊いてくる柊那の顔には感情がなく、何を考えているかわからない分ちょっと怖い。
柊那としてはあんまり聞かれたくないことなのかもしれない。
ただやっぱり志保がどうしてたかは訊きたくなってしまう。
「気になるよ……」
あの後すぐ柊那にブロックしろと言われたので、なにもメッセージは受け取れていない。
けどあれで志保が納得するとは思えないし、連絡が取れない分何をされるかわからないのが怖い。
「あんまり目の前で元カノの話されると気分よくないんですけどね……」
柊那はため息をつきながらそう言ってきた。
元カノ……。
ああそうか、私たち別れたのか。
振ってもないし、振られてもないせいか実感が湧かない。
「戻りますか? あの人のところに?」
「いや……」
「私ならあの人の代わりにちゃんとなれますよ」
「そうだよね……」
柊那と志保が似ていることはここしばらくの間でよくわかってる。
代わりだろうとちゃんも満足できるってことも。
けどどうしても、今までの楽しかったことまで思い出して、恋しくなってしまう。
「もしかして、首絞められるのハマりました?」
「ハマってないよ」
「そうですか。けど私だって頼まれれば首ぐらい絞めますよ」
柊那はそう言うと私の首に手を当ててきたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
私が黙って柊那を見つめていると、彼女はだんだんと手に力を入れ始めた。
このまま任せていたら、またさっきみたいに殺されてしまうんだろうか。
意識が薄れていく中、私は漏らすように言った。
「……いいよ」
ただその言葉を合図に、首の絞めつけは解けていく。
「頼まれてないのに、絞めませんよ」
「そうなんだ……」
まあいくら人が少ないとはいえ、公共の場でするわけがないか。
ただその言い方なら「私が頼んだら絞めてくれるの?」と訊きたくなってしまう。
まあ多分柊那のことだし、迷うことなく絞めますよと言ってくれそうだけど。
「新幹線乗ったのとか修学旅行以来かもしれない」
「あー修学旅行か……」
柊那は私の言葉を聞いて、ふと漏れたかのようにそう言った。
「柊那は今年だっけ?」
「そうですけど、多分いかないかな」
「なんで?」
「だって修学旅行行くってことは学校に戻るってことでしょ? 私は戻らないし行きませんよ」
「そっか……」
もうそういう学校行事とかは味わわないのか。
あの時はもなにがなんだかわからなくて、ただ怖い感情から逃げたい一心から頷いてしまったけど、柊那についてきてもらってよかったのかと思ってしまう。
「私が修学旅行行かないって言って後悔してます?」
「まあちょっとはね……」
「なら修学旅行で味わえないような思い出をください」
「何が欲しいの?」
そう尋ねると、柊那は黙って唇を合わせてきた。
「ちょっ、バレるって……」
「椅子の陰になるようにしたから大丈夫ですよ……」
「わかった、あと修学旅行でもキスはしたから。さすがに電車内ではないけど」
修学旅行前後で誰にもバレずにキスをするのが流行っていた。
きっとキスをしたかったほかのカップルが流行らせたのだと思うけど、私たちも熱気に包まれながらさんざんキスをしたのを覚えている。
「へー。ならしてないこと教えてくださいよ」
そう言ってくる柊那の顔は笑っていたけど、眼だけは冷たいままだった。
あ、やばい余計なこと言ったかも……。
多分電車の中だから押さえてくれているけど、ここが個室だったらやばかった気がする。
「してないことね……。なんだろう……」
「まあ時間はたくさんあるからゆっくり思い出してくれればいいです。それに……」
柊那はそう言うと少しだけ黙ってしまった。
「それに?」
「いや、別に思い出さなくても全部私で塗り替えられるなって思って」
「そうだね……」
これからもう私の記憶に志保が上書きされることはないと思う。
これは志保としたなって懐かしいことが全部、両方ともしたになって、そのうち志保が消えるはずだ。
それに対して不満があるわけではないけど、直接塗り替えるといわれるとこれからもずっと一緒にいてくれるんだという安心感と、もう志保とは関わらないという喪失感が同時に襲ってくる。
「真衣。大好きですよ」
柊那はそう言うと私の肩に頭を置いた。
「ありがとう、私もだよ」
彼女の手から伝わってくる体温を感じながら外を眺めると、どんどんと意識を彼女に吸われていくように思えていった。
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