第21話
「何してるの!」
なんか遠くで声が聞こえる気がする。
真っ暗な世界の中、ただ他人のようになった意識を漂わせていたはずなのに、急に身体がせき込みだした。
ついさっきまで多幸感に包まれていたのに、今は肺も頭も砕かれたように痛い。
何が起きたのかわからずカーペットの感触を頬で味わっていると、誰かに優しく抱きしめられた。
「
未だ視界はぼやけたままだけど、今私を抱いてくれているのが
「柊那じゃん。何してるの?」
「何しているって……」
彼女が息を吞む音が聞こえてくると、同時にイラついた時の
「いったー、あんた他人にもの投げるなって習わなかったの?」
視線を志保のほうに向けると、彼女の足元に何か散らばってるのがわかる。
彼女の言い方からなにか投げられたらしく、後頭部を押さえていた。
「他人の彼女の首絞めてた人に言われたくない!」
柊那はそういうと、さらに強い力で私のことを抱きしめてくれた。
なんでかわからないけど、いまそうされるとすごく安心できる気がする。
「他人の彼女って、私から盗ったくせに何言ってるの?」
志保の表情は見えないが、この口調、態度から怒っているのは伝わってくる。
「二度と盗られないようにしてたんだから、邪魔しないで」
「盗られないようにって殺そうとしてたくせに何言ってるの?」
え? 殺? 真衣は何言ってるの?
ぼんやりとした頭で思い出そうとするも、なにも考えられなくなるほどキスが気持ちよかったことしか思い出せない。
「別に殺す気なんか……」
「跡がつくほど強く絞めたくせに嘘言わないで」
「しょうがないでしょ!」
その時、志保は私が今まで聞いたことのないくらいの大声で叫んだ。
「あんたに盗られて、気を引こうとしてもうまくいかなくて、もう真衣が私のことを見てくれなくなるなら、愛されたまま終わって何が悪いの?」
「相手が同意してないならそんなの愛じゃないでしょ……」
「愛だよ。二人で死ねば、永遠に誰にも邪魔されない。あんたにも、ほかの誰にも!」
ごめん。志保のことは好きだった。
けど殺されるのは怖い……。
まだ死にたくない。
「ごめん、志保……。もう志保とは付き合えない」
「なんで……。嘘でしょ」
「ごめん……。私が全部悪いのはわかってる。けど、ごめん……」
私の言葉を聞くと、志保はその場にうずくまってしまった。
出来るなら、一緒に死ぬと言いたいけれど、さっきの首を絞められたことを思い出すだけで身体は震えてくるし、一人でいられる自信がない。
「柊那、行こう」
柊那の手を引いて部屋を出るとき、聞こえるか聞こえないかギリギリの声で私は言った。
「ごめん」
◇
私の家に着くまでの間、柊那はなにも言わずただ私の手を握ってくれていた。
家に着くと、柊那は私を抱きしめながらようやく口を開いた。
「大丈夫ですよ」
その声を聴いたとたん堰を切ったように涙が溢れだした。
最後に泣いた中学の卒業式から溜まっていた分を全部出すかのように、流れだした涙は止まらない。
声にならない嗚咽を漏らしている間も柊那はずっと私の背中を撫でてくれていた。
「柊那、ごめん……」
「落ち着けましたか?」
「多分……」
さっきまでぼやけていた視界も、柊那からもらったお湯を飲んだら大分いつも通りに見えるようになった気がする。
「私殺されかけたの?」
「そうですね……」
彼女が見せてきた手鏡を覗き込むと、そこにはべったりと志保の手形がくっついていた。
「警察、ついていきますか?」
警察……。
ああ、そうか。ニュースとかでよく聞く殺人未遂ってやつか。
柊那に言われてようやく気が付いたけど、そこまで志保を追い詰めたくない。
さすがにこうなった原因が私にあるのもわかってる。
「いかない……」
「けどそれじゃあ……」
「柊那が守ってくれるんじゃないの? さっきみたいに」
そういえば、柊那はなんであのタイミングで入ってきてくれたんだろう。
あれより少し早ければ、志保は別の日にやっただろうし、遅かった今こうして柊那と話すこともできなくなっていた。
「守りますけど……。さっきのはたまたまですよ」
「たまたまって、嘘でしょ……」
柊那は少し困ったような顔をしながら私を見つめてきた。
彼女の瞳をじっと眺めていると、彼女はあきらめたようにため息をついた。
「ごめんなさい、たまたまじゃないです」
「じゃあなんで?」
柊那はこれ以上は何も言いたくないと言うかのように顔を逸らした。
私が「柊那」と呼びかけても、まったくこっちを見てくれようとしない。
今なにか隠されてると思うのは嫌だな……。
顔が似ている分、さっき首を絞めてきた姿がちらつく。
「隠し事しないでって私に言ったよね」
「言いましたね……」
「柊那も信用できなくなっちゃうよ……」
「ごめんなさい……。スマホ出してください」
柊那に言われた通り、スマホを出すと彼女は慣れた手つきで操作し始めた。
それは私が普段操作しなそうなフォルダの奥の奥に隠れていた。
「なにこれ?」
「盗聴アプリです。ネットにつながってればいつでも周りの音が聞こえるやつ」
「そう……」
そう言われて使い方も説明されたけど、いまいち実感が湧かない。
最近ほぼずっと柊那といたし、入れる意味なんかないんじゃないかと思ってしまう。
それこそ「入ってたから何?」ぐらいの感じで。
「けどこれ、使うことあったの?」
「それも教えないとだめですか……?」
「まあ教えてくれると嬉しいけど、無理にでは……」
自分でもズルいと思うけど、柊那といる時間が増えるほどどう聞けば柊那が答えてくれるかわかってしまった気がする。
多分私のことも同じぐらいわかってるんだろうな。
「あの
「今朝寝てたじゃん」
「自動的に録音したのを送信してくれるシステムもあるので」
「あーそういう……」
てことは柊那といなかった時のは全部聞かれたと思っておいた方がいいのか。
全部……。
全部?
全部!
「それでよくまだ私といるね……」
「最後には私の傍にいてくれるかなと思っていたので。こうなるとは思ってなかったですけど……」
「まあそうだよね……」
それは私もそうだ。
朝話したときは今までと同じように会えると思っていたのに。
私、さっき……。
脳裏にさっき首を絞められたときに見た志保の顔が浮かぶと、胃液が戻ってくるのがわかった。
「ごめんっ」
慌ててトイレに駆け込むと、少ししてからまた柊那が背中を撫でてくれるのがわかった。
「大丈夫……、じゃないですよね?」
「ごめん……」
柊那は私のことを抱きしめてくれたが、震えが止まらない。
今になって、ようやく殺されかけた事実が現実感を持って襲ってくる。
もうそんな心配する必要はないのに、涙が溢れ出てくる。
「大丈夫ですよ。これからは私がいます」
「わかってる」
「やっぱりあの人が近くにいると思うと怖いですか?」
「……わからない」
柊那がさらに強く私を抱きしめ、彼女の子守唄のように心地いい呼吸音に耳を傾けていると、彼女は言った。
「逃げましょうか。誰も私たちを知らないとところまで」
「柊那はいいの?」
「私は真衣さえいればどこでも大丈夫ですから」
柊那は信用していいんだよね?
本当にずっと一緒にいてくれるの?
不安のせいかつまらないことばっかり浮かんできて、思考の整理が全くできない。
口を開いた瞬間柊那を傷つけるような言葉が出てきそうな中、返事の代わりに私は小さく頷いた。
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