第20話
「おはよう」
「もう夕方だけどね」
私が
昨日通話で聞いた声とはやっぱりトーンが明らかに違うし、もしかして本当に怒ってないのかもしれない。
玄関を通るときちらりと靴を確認したけど、
「靴持って行ったほうがいいかな?」
そう言うと、志保は一瞬だけ首を傾げたが、すぐに納得したような声を出した。
「そうだね、柊那にばれるといけないし」
内緒にしてと言うだけあって志保も柊那にばれたく無いのは同じみたいだ。
部屋に案内され人心地つくと私は訊いた。
「学校どうだった?」
元々志保の人気が高いのは理解してるし、付き合ってる時も何回か告白されたと聞いた。
ただもし志保がその美しさに加えて、浮気されていた可哀そうな彼女の立場まで手に入れてしまえば、私の代わりに恋人になりたい人は引く手数多だろう。
和香がいつ広めたかはわからないけど、もう何人かから告白されていてもおかしくない。
「あー学校? 別に普通だったよ」
「その、知らない人に話しかけられたりは?」
「ないかなー、いつも通りって感じ」
よかった。
なんでかはわからないけど、もしかしたら和香がまだ黙ってくれているのかもしれない。
「あーただ強いて言えば、ちょっと和香って子が話しかけてくれたぐらいかな」
「そうなんだ……」
和香がどこまで
「この間
志保と和香が仲良くなれそうな趣味ってなにかあったっけ?
まあ私も二人の趣味を全部把握してるわけじゃないから、知らなくても不思議ではないけど。
「別にそんな顔しなくても怒ってないから大丈夫だよ」
「え?」
「私がさっき和香って名前出してからずっと浮かない表情してたから」
「ごめん……」
多分私のしたことを全部伝えたのは和香だろうし、その名前を聞くと自然と緊張してしまう。
何もなかったようにしようと思ってもやっぱ顔に出ちゃってたか……。
「それでさ……」
志保は一瞬だけ顔を曇らせたあと、ゆっくりと話し出した。
「あの子と浮気してたって本当?」
その言葉を聞いたとき、重い槍を心臓に突き刺されたような衝撃があった。
やっぱり聞いてたか……。
志保は和香からどこまで聞いたんだろう。
これに関してはもう否定のしようがないし、それまで否定したら嘘ついてると思われて私の立場が悪くなる。
ただ志保が知らなかったことまで話してしまって、そのせいでやっぱり私とは付き合えないと言われたら立ち直れる気がしない。
一応志保だって浮気してたじゃんと言えないわけではないけど、別れたいわけじゃないしそんなことは言えない。
「そうだね、ごめん」
「……わかった」
志保は、大きなため息をつくと、天を仰いだ。
やっぱり私振られるのかな。
この期に及んでも志保を目の前にするとやっぱり別れたくないと思ってしまう。
「ごめん……」
「いいよ気にしてないから」
嘘じゃん。
そんな影の差した顔で言われても信じられるわけがない。
志保に責められるのはつらいけど、そんな顔をした志保と話すのもつらい……。
「わかった」
沈黙が気まずい。
今までだったら、志保と話題がなくても一緒にいるだけで楽しかったのに。
志保と見つめ合っている1秒が1時間のように感じられる。
志保はどう思っているかわからないけど、彼女の曇りのない瞳が心に刺さる。
胃を力いっぱい握りしめられるような痛みを感じながら、なんとか話題を作り出した。
「そういえば、なんで柊那には内緒って言ってたの?」
私としては柊那とも話を聞きたいと言われた方が都合が悪いからありがたいけれど、もし志保が浮気の確認をしたいんだったら二人まとめて話したほうが確かめやすい気がする。
私と柊那一緒にいると、いろいろと想像してしまって話しづらいのかもしれないけど。
「だって、あの子と浮気してるかもって聞かされたから。これで私と会うこと話してなにか入れ知恵されたら嫌だなって思って……」
「そんなことないのに」
「そうは言ってもさ……」
さっきより一段と暗い彼女の声を聴いて、ようやく自分の発言が軽率だったと気が付いた。
志保が知っているのは全部和香から聞いたことだろうし、そう思ってもしかたない。
「不安にさせてごめん」
「大丈夫、来てくれたみたいだし」
「私がもし来なかったらどうしてたの?」
「わかんない……。ただ和香のところには行ってたかな。どうしようって」
「そっか」
和香のところに行ってたって、私の浮気をばらして以降、大分仲良くなったんだな。
さっきも趣味が合うと言ってたし、こんなことは言いたくないけど、私と朱莉って共通点もあるから話しやすいのかも。
「けど今日来てくれて本当によかった」
「私も昨日話したのが最後は嫌だったから、また志保と話せてよかった」
「大好きだよ、真衣」
「私も……」
志保に抱きしめられると、やっぱり幸せな気分になる。
彼女の体温と香りに包まれてる時ほど幸せを感じられることはない。
私たちの心拍が同期するのを感じながら彼女に体重を預けていると、彼女は言った。
「柊那にされたこと全部私で上書きしたい」
「いいよ……」
「キスはしたよね?」
「……したね」
そう返事をすると、彼女は唇を重ねてきた。
触れ合った場所に志保の熱が移るぐらい、何度も何度も唇の柔らかな感触が伝わってくる。
彼女のキスに身を任せていると、彼女の舌が唇を割った。
ただ今はそれですら幸せに思える。
昨日柊那としたときにはもう二度と志保とできないと思ってしまったが、また志保を感じられる。
彼女の舌から体温を奪うくらいキスをしていると、彼女はしっかりと私のことを抱きしめてくれた。
「大好きだよ、志保」
「私もだよ、よかった真衣とまた出来て」
永遠にこの時間が続けばいいのに。
彼女に包まれながらそう思っていると、志保は言った。
「真衣は私のことずっと好きでいてくれる?」
「当たり前じゃん」
「私だけを愛してくれる?」
「わかった」
私がそう返事をすると、さっきまで私を包んでいた腕が首に伸びてくる。
頸動脈を探るように何度か指が動くと彼女は言った。
「首絞めながらキスすると、気持ちいいんだって。試していい?」
ここでダメって言ったら、志保のこと信用されてないと思われちゃうよね。
今は志保から言われたことはなにも断りたくない。
「いいよ」
「ありがとう」
私の言葉を合図に、彼女の手はゆっくりと私の首を絞めてくる。
少しだけ霞んだ意識のなかでするキスは確かに気持ちいい。
「大好きだよ、真衣」
「わたし、も」
力が強くなるにつれて、彼女の息が荒くなっていくのがわかる。
だんだんと意識も消えてきて、視界も狭まる。
世界が黒紫に染まる中、私は何とか声を絞りだした。
「し、ほ……」
「ごめん」
その声を合図にするように彼女の力がより一層強くなる。
手足がしびれ、意識が遠のいていくのを感じていると、ドアの開く音が聞こえた気がした。
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