第16話
「どうって、浮気の隠し方教えてほしいなって……」
それを聴いたとたん
あれ? 私変なことを言ったかな?
「あ、そういう話なの? 私てっきり誰か別れさせてほしいって話かと思った」
「え? どういうこと?」
朱莉に頼むと別れさせてくれるの?
そんなことしてたなんて聞いてないんだけど。
まあ大っぴらに言えることではないかもしれないけど。
「どうもなにも、私に別れさせたいカップル教えてくれれば、私が略奪して崩壊? みたいな」
可愛い顔して何を言ってるんだろう。
その後、笑顔で「まあ略奪してもすぐ別れちゃうんだけどね」と言われたが、愛想笑いを返すのが精いっぱいだった。
朱莉がこんなことしてるなんて……。
「だからてっきり
「いや、私はそういうのじゃ……」
「わかった、まあそういうのも言ってくれればやるから言って」
朱莉はノートぐらい貸すよと同じ様なノリで言ってくるけど、そんな軽々しく頼んでいいものじゃないでしょ。
本当にバレたのって三股だけなのかな……。
これだけやってたら三股じゃすまない気がするんだけど。
「いや私はいいかな……」
「真衣はどちらかって言うとやられる側だもんね」
朱莉はくすくすと笑うが、何を言ってるかわからない。
やられる側って、どういうこと?
今まで一度もそういう被害にあったことないんだけど、多分……。
あれ、けど
「まさか、朱莉も志保と付き合ったことある?」
「あーごめん、そうじゃない。さすがに
よかった。
そうだよね。
ん? 今姉妹って言った? どういうこと?
「志保と
「んー、まあね。姫川さんと真衣を別れさせろってのはよく来るし。柊那ちゃんも人気だよ~。弱ったところに漬け込みたいから付き合って振ってくれとか」
「そうなんだ……」
私の不安そうな表情を見てなにか察したのか、慌てた様子で朱莉は付け足してきた。
「あ、けど安心してね。あの二人には手を出さないって決めてるから」
「え? なんで?」
「まあ姫川さんは言わずもがなだとして。柊那ちゃんもね、ガード固すぎ。下手したら姫川さんより固いんじゃない? 周りのこと音の出るなにか程度にしか思ってなさそうだもん」
「それはさすがにないでしょ……」
さすがに仲良くなった後は、友達としての対応だし違うとは思うけど……。
初めて会った時からそんなに悪い印象は抱いていないし、周りのこと音の出るなにか程度にしか思ってなさそうなんて微塵も考えられない。
まあ友達は多くなさそうとは思っていたけど、それでも嘘でしょ……。
「まあ真衣が適当にあしらわれてないならよかったねとしか言えないけど、私はそう見えたよ」
「そうなんだ……」
「それで浮気を隠す方法だっけ?」
「そうなんだけど――」
私は、朱莉に周りに座ってる人を見るよう目配せをした。
彼女は私に釣られて周りを見るが、状況を飲み込めてない顔をしていた。
「どうしたの?」
「もうちょっと人のいないところで話せない?」
朱莉は私が言うまで気が付かなかったみたいだけど、さっきから近くの席に座っている人が、なにかこちらを見ながらひそひそと話していた。
初めはなんでかわからなかったけど、よくよく考えればさっきから浮気とか散々言ってたしそれだろう。
元々目立つのは好きじゃないけど、こんな話題をしてるせいで誰かに注目されるのはもっと嫌だ。
朱莉もようやく私の言うことが分かったのか、すっきりとした顔をしていた。
「そういうことね。どうする、私の家で話す?」
「いいの?」
「大丈夫だよ。今日だれもいないし、家ならゆっくり話せるでしょ?」
「じゃあ行こうかな」
少しだけ残っていたフラペチーノをすべて飲み干すとそう言った。
◇
「お邪魔します」
「はーい」
朱莉の部屋に行くと、私の横に居た彼女はわざわざそう返事をしてくる。
彼女に部屋を見た第一印象は思った以上に綺麗だった。
こんな事を思うのは失礼だとわかっているけど、普段の柔らかい雰囲気に包まれた彼女とは対照的に必要なもの以外置いておらず、完璧に掃除の行き届いた部屋という印象を受けた。
私だって綺麗にしてるつもりだけど、どうしてもごちゃついてしまう部分はあるし、急な来客に対応できるほどの綺麗さはない。
まあこれは同居人が一人増えたせいもある気はするけど……。
「どうしたの、固まって? 好きなところ座りなよ」
「いやごめん、結構部屋綺麗だなって、見とれてた」
「だってほら綺麗にしないと逃げられちゃうじゃん?」
逃げられる? なにに?
あまりに部屋を汚いままにしておくと、虫とかなにか湧くとは聞いたけど、逃げられるって何かあったっけ?
運とかそういうものを言ってる?
「真衣もない? ようやく付き合ったはいいけど、部屋汚すぎてやる気失せたみたいな経験」
「いやっ、私は志保としか付き合ったことないし……」
それに付き合う前から部屋に入ったことはあったけど、その時から彼女の部屋は大分綺麗だった記憶がある。
けどまあ確かに、やるやらないは置いておいていざ部屋に入って汚いといい気持ちにならないのはわかる。
「そっかー。まあそういうこともあったからね。だからなるべく綺麗にしてるの」
「そうなんだ」
「そうそう。だから好きなところ座ってよ」
座ってと言われても……。
朱莉の部屋は私抜きで完成されていて、ここに私が座ったらこの部屋の完璧さを損なってしまう気がする。
そう思うと、なるべく端の方に立って私の影響を限りなく少なくした方がいいんじゃないかと思ってしまう。
「私立ってるのが趣味だし……」
「なにそれ」
彼女はくすくすと手で口を覆って笑った。
まあそんな反応するのはわかるけど、ほんとに座りづらいんだって。
朱莉はいつもこの部屋にいるから慣れてるかもしれないけど、私は初めてだし。
「ほんと好きなところに座っていいのに、ベッドの上とかでも気にしないし」
「ベッドの上っていいの?」
なんかそこって、部屋の中でも特に神聖な場所な気がして。
その部屋に住んでる人だからこそ居られる場所ってイメージなんだけど、朱莉は気にしないのかな?
「私は全然。あ、もしかして汚いかもとか思ってる?」
「いや、それはないけど……」
そう訊いてくることは、誰かに言われたことでもあるのかな?
てか、普通座られて汚させるほうを気にするんじゃないの?
「昨日和香が来たけど、ちゃんとシーツも交換したし、安心して」
それはどういう意味の安心で捉えたらいいんだろう。
それを聞いてああならよかったなんて言えるわけないじゃん……。
とりあえずベッドの上だけはやめておこう……。
「床に座ります……」
「わかった。それで浮気の隠し方でしょ?」
「そうだね、隠し方」
朱莉はしばらく悩んだようなそぶりを見せた後、絞り出すように言った。
「絶対的なのは……、ない。相手がいる以上いつかバレる可能性はあるよ」
「やっぱりそうだよね……」
私も柊那に話されたら終わりだもんな……。
誰かに見られるかもっていうのはある程度防げる気はするけど、柊那からバラされるのは防げる気がしない。
「私の三股がバレたっていうのも相手にばらされたせいだし。そういう意味だと、柊那ちゃんは適任なような気がする」
「そうなの?」
「だって真衣のためなら何されても口割らないと思うよ」
いや、私その柊那って子にばらすぞって脅されたことあるんだけど……。
もしかしたら、他人から見た柊那と私から見た柊那だと大分印象に違いがあるのかもしれない。
まあ割と関わってる人少ないから、そういう意味では口が堅そうとか漏らす先がいなそうというのはあるのかも。
「それで、相手からバレるリスクはあるんだけど……。自分の挙動からバレるのを防ぐ方法がないわけではないよ」
よかった!
そういうのが聴きたかったんだ!
私の期待がバレないように、小さく咳払いすると訊いた。
「本当に?」
「ほんと、ほんと。私もこれがわかってからほぼ自分からバレなくなった気がする」
「で、どうしたらいいの?」
「浮気に慣れればいいんだよ」
どういうこと?
浮気に慣れるって今言った?
「あんまりピンと来てない?」
「そりゃね」
「まあ要は回数重ねればバレなくなるってこと。いろんな人と何回もやれば大丈夫になるよ」
「は?」
その時の声は自分史上で一番の素っ頓狂な声だったと思う。
さっきは相手からバレる可能性は消せないとか言ってたくせに、いろんな人と何回もやれって完全に矛盾してるじゃん。
意味がわからない……。
「だってさ、浮気がバレるのって、問い詰められて動揺したときとかでしょ? あとは単純に証拠を押さえられた時とか」
「まあ、そうだね……」
ここまではまだ間違えてない気がする。
細かく考えれば無数に出てくるだろうけど、大まかにバレる理由といえば朱莉の上げたとおりになるだろう。
「だから、浮気を日常にして後ろめたい気持ちとか無くして、あとはいっぱいしてこれはバレるってのを学習すれば。上手く隠せるようになるよ」
「そういうのが訊きたいんじゃないんだけど……」
別に私は浮気のプロになりたいとかそういうわけじゃなくて、ただ志保と柊那といい関係を築いていきたいってだけなんだけど、やっぱり無理なんだろうか。
それか、今更だけど人選が間違っていたのかもしれない。
事実で刺されることになっても、和香に訊いた方が何とかなったかも……。
「真衣ってさ、まだ浮気が特別なこととか思ってない?」
「え、だって特別でしょ……」
「だからダメなんだよ?」
朱莉は何度か首を横に振ると、ゆっくりと身体を寄せてきた。
私が異変を感じた時には、すでに手首を掴まれていて、手遅れだった。
「大丈夫だよ。さっきも言ったでしょ。相手が言わなきゃバレないって」
「それは言ってたけどさ……」
彼女は私に抱き着いてくる。
このままだと柊那にされた二の舞になるとわかっているのに、不思議と抵抗できなかった。
それが、普段から彼女が持っている人畜無害がイメージのせいなのか、普段から抱き着かれてるせいなのかはわからない。
彼女の手が私の服の下に入ると、言った。
「私、前から真衣のことかわいいなって思ってたんだよね」
「ねえ、待って。朱莉には和香がいるでしょ?」
気が付いたときにはブラはもう外されていて、少しだけ体温の高い手が私の背中に張り付いていた。
「今は和香は関係ないでしょ? 隠したいんだったら、ちゃんと隠せるように経験積まないとだめだと思うよ」
「だからって……」
「大丈夫だって、別に特別なことをするわけじゃない。真衣だって柊那ちゃんとしたんだし、わかるでしょ?」
彼女に抱きしめられると、今更ながら彼女の纏ったレモンのようなみずみずしい香りが鼻を伝って送られてくる。
いつも近くにいると香ってくるのに、今日だけは別の香りみたいだ。
「大丈夫だよ。二人で気持ちよくなろ?」
固く閉ざされた私の唇は、朱莉の舌で簡単に開けられてしまった。
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