第15話
「
「あ、もうそんな時間ですか……」
あの日私が間違って以降、よっぽどの予定がない限り柊那は私の家から登校するのが日常になっていた。
今となっては
「そう。ご飯食べちゃいな」
「いただきます」
朝食と言ってもプライベートブランドのオレンジジュースと6個で200円しないくらいのロールパンだけど、なにも用意しないよりましだろう。
それにまだ文句ひとつ出てないし、どうしても何か食べたいときは自分で買ってきて作ってる。
「今日は友達と遊ぶから来ないでね」
「あーなんか言ってましたね。それって今日だったんですね」
「そうそう。まあ遅くならないとは思うけど時間に寄ってはいないかもしれないし」
「んーわかりました」
柊那はそう言うと適当にトーストしたパンを口に放り込んだ。
よかった、信じてくれて。
遊ぶと言ったけど、これは半分嘘で、半分ほんとだ。
一応
初めてやった日にもう柊那としないと固く誓ったけれど、誓いは簡単に崩れ去った。
あの日以降も柊那は家にやってきて、なし崩し的に身体を重ねた。
毎日やめなきゃと思っているのに、柊那は私をその気にさせるために色々なことをしてくる。
そのうち抵抗するのすらめんどくさくなって、ある種のルーティンのようになってしまった。
これじゃ浮気してた志保となにも変わらないじゃんと思っても、元の私に戻れるわけじゃない。
早くどうにかしなきゃという焦りから、朱莉に直接連絡した。
本当はそれとなく話を振って相談に持ち込もうと思ったけれど、もうそんな暇はない。
「明後日は大丈夫ですか?」
「今のところね」
「わかりました。まあ私は向こう居るよりこっちの方が居心地いいので独りで待ってるのでもぜんぜんいいんですけど」
「独りって鍵どうするの? 入れないでしょ?」
「忘れちゃいました? 預かってますよ?」
彼女はそう言うとポケットからよく見たことのある鍵を取り出した。
そう言えば、あの後回収するの忘れてた……。
私も返してなかったな……。どうしよう。
「わかった。じゃあ好きにしていいよ……」
盗られたら困るものがないわけじゃないけど、家に入れたのか柊那だとわかれば、犯人捜しは難しくない。
最もそんなことしないと信用してるからこそ言えるんだけど。
「まあ来るなって言われたら来ませんけどね。もしだったら書置きでも残しておいてください。それ見て帰ったほうがよさそうなら帰ります」
「それなんだけどさ……。いい加減ブロック解除しない? それかほかのSNSでつながるとか?」
「前にも言ったじゃないですか。そういうのからバレるって」
「言ってたけどさ……」
志保の目の前でブロックしてから、私たちは一切のSNSでつながってない。
ある程度の時間になれば柊那は来るし、ほぼ一緒にいるせいで基本的に連絡できなくて困ることはない。
今回みたいな場合を除けば。
前も一度来ないでほしい日があったので前日に伝えたが、やっぱりなくても困らないけど、あれば便利だとは思う。
「あの人にバレて全部失いたいなら止めませんけど、まだ恋人はあの人で私は浮気相手と言い張るならやめた方が無難だとは思いますよ」
「はいはい、ご忠告どうも」
ただこの様子だと、まだ繋がってくれないだろうと言うのはわかる。
前も全く同じ理由で却下されたし。
志保にスマホの中身見せてと言われたことは無いし、多分大丈夫だと思うけど柊那がダメならしょうがない。
不満を混ぜた返事を口にする。
「じゃあ私先に行きますね。また明後日。会えそうだったら」
「ん。わかった。ダメならなにか残しておく」
「大好きですよ」
「はいはいありがとう」
柊那は軽く手を振ると、私より少し早く家を出た。
まあ今日は私が後片付けすることになってるし、おかしなことはなにもない。
ただ柊那が当番の時に、待ってようかと提案したらなにからバレるかわからないので電車の時間はずらしましょうと言われた。
それから毎朝時間差で出るのが日常になった。
ほぼ一緒に生活しててバラバラに家出るとかどこの数学の問題だよって言いたいけど、まあ何でバレるかわからないのは事実だしこれに従っておいた方が身のためだと思う。
全部の片づけを終えると、柊那の乗ったと思われる電車が駅を出るのを待って、私も家を後にした。
◇
「ねえ朱莉、本当に
放課後、高校から少し離れた場所にあるチェーンのカフェに私と朱莉は居た。
私の前にはたっぷりのキャラメルソースがかかったフラペチーノと、朱莉の前にはイチゴを使った何かが置かれている。
これから訊きづらいことを訊く以上、場を和ますためにもある程度の甘さは手放せなかった。
「内緒って言うか、ちゃんと用事があるから会えないとは言ってあるよ。誰と会うかは言ってないけど」
「それを内緒って言うんじゃ……」
まあ私も嘘ついてここに来たからほぼ変わらないかもしれないけど……。
ただ目の前で浮気しますって宣言されてた和香が、誰と会うかもわからない朱莉を自由にさせるとは思えなかった。
やっぱりと付き合った後、上手くやれてるのかもしれない。
「で、話ってのは浮気のことだよね?
「いやまだバレては……。ってなんでわかるの?」
今日ここに来るとき相談したいことがあるとは言ったが、具体的に何をとは言ってない。
それを私が言う前に当てるなんて……。
もしかしたら私が隠していると思っていても、誰か柊那との浮気に気が付いてる人がいるかもしれない。
これからはもっと上手に隠さないと。
「だって和香抜きで話したいってそのくらいしかないでしょ? 和香がいたらつまんない現実突きつけられそうだし」
否定はしないがそれを口に出して言ってはいけない気がしたので、黙ってフラペチーノを口にした。
こういう時に買っておいて本当によかった。
ただ朱莉もそういう認識なのか……。
私だけそう思ってたんじゃなくてよかった。
和香からしたら喜ばしいことではないだろうけど。
「まだバレてないなら、何が訊きたいの?」
「それは……」
その後私は朱莉に全てを話した。
初めは柊那に提案され、志保の気を引くために浮気の振りを始めたこと。
時期を同じくして、志保が浮気をやめてくれたけど、振りはやめられなかったこと。
振りを続けていたらいつの間にか、私が本物の浮気をしていたこと。
「一つ確認なんだけど、真衣の浮気相手って二年の姫川さんで合ってる?」
合ってると言ってしまっていいんだろうか。
もしかしたらここで話したせいで、二人が姉妹だとバレるかもしれないし、そういうリスクを考えるとあまり認めたくはない。
どう返事するのが一番いいのだろうかと悩んでいると、朱莉は言った。
「まあ言いたくないならいいや。ただ姫川さん? 何だっけ下の名前?」
「柊那だね」
「ん、じゃあその柊那ちゃんと浮気してる前提で話すね」
「わかった……」
本来ならこれも否定しておいた方がいいのかもしれないけど、まあ不可抗力ってことにしておくしかないか。
否定して相手がだれか訊かれても面倒だし。
「そういえば、なんで柊那が浮気相手なの?」
あまり友達が多いほうではないけど、普通恋人になるなら同学年じゃないだろうか。
部活とかやってれば学年が違ってとかもあるだろうけど、私の場合部活もやってないし。
「だって、柊那ちゃんの連絡先訊いてきてとか言ったとき、真衣明らかに機嫌悪かったもん」
「え、そんな機嫌悪かった?」
「私も和香も簡単に気が付くぐらいには」
「そっかー……」
まあイライラはしてたけど、朱莉にバレるほど表に出していたとは思わなかった。
二人にバレてたってことは、隠しきれてなかったんだろう。
ただ今更そんなこと言われると少し恥ずかしいな。
もうちょっとコントロールできないと、志保にバレるきっかけになるかもしれないし。
私の心配をよそに、イチゴの何かを美味しそうに飲みながら朱莉は言った。
「まあ私は恋人いる人には手出さないし安心して」
「ほんとに?」
正直三股してた人が、ほかの恋人を取っていないとは信じづらい。
失礼な想像だけど、むしろ朱莉の場合人当たりの良さを生かして、相談に乗りながら人を落としたりしてそうで……。
ただ私の想像通りだったようで、朱莉自身によってすぐに否定された。
「いや嘘」
彼女はニヤニヤと笑っているが、それで取られた方はたまったものじゃないだろう。
「なんでそんな嘘なんか」
「だって好きになったら我慢できるわけないじゃん」
それは否定できないけど。
好きだったからこそ、志保にもっと私のことを見てほしくて振りをすることを選んだ。
きっと浮気されて興味を失っていたらそんなことせずにすぐ振っていただろう。
朱莉は私の目を見ると、まるでこちらの考えを見透かすかのように瞳を覗き込んで尋ねてきた。
「それで相談って真衣は私にどうしてほしいの?」
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