第14話
「あの……、
未だ身体に張り付いた
さっきまで、私と一緒に電池が切れたロボットみたいに横になっていたのに元気だ。
正座した彼女の膝の上に頭を乗せると訊いた。
「なに?」
「途中で私のこと
「それは……」
やっぱり、「し」で止めたけどバレてたか。
一瞬だけ空気が凍った気はしたけど、その後何事も無いように続けたから大丈夫かと思ったんだけど。
「ごめん。柊那が真衣って呼ぶから……、つい引っ張られて……」
私のことをあんな切なそうな声で真衣なんて呼ぶのは、今まで志保しかいなかったし。
動き続けた疲労や柊那から与えられた快感でちゃんと考えられる状態じゃなかった。
「なら今度から呼び捨てでもいいですか? 私も真衣って呼ぶってわかってもらえれば、ちゃんと柊那って呼んでくれますよね?」
「呼び捨てで呼ぶのはいいけど、もう会わないし意味ないよ……」
今日は上げちゃったけど、もう志保との約束を破る気はない。
もう2度と柊那と二人きりで会う気はないし、会わなければ今日みたいなことが起こる心配もない。
志保が私のために時間を使ってくれるのだから、私も使うって決めたんだ。
「私が訪ねたら家入れてくれるくせに……」
柊那は私を見下ろしながら、頭を撫でる。
ただもう来たとしても上げる気なんかないし。
今日は帰すわけにはいかないから仕方ないけど、ほんとに明日の朝さよならしたらそれで終わりだ。
「そう思うなら来ないで」
「イヤです……」
「わがまま言わないでよ」
柊那が不満そうな顔をしているのはわかる。
だからといって私の彼女は志保なんだし、優先するのは彼女だ。
柊那は私の頬を突きながら言った。
「わがままって、二人ともわがまましか言ってないくせに……」
「言ってないよ。志保と約束したんだし破らせないでってだけだし」
柊那はため息をつくと、私の顔をペタペタと触りながら話す。
なんか頬を伸ばされたり、髪をいじられながら話すのって慣れないけどまあいいか。
「そういうこと言ってるんじゃないんですよ。あの人は散々浮気してたくせに、真衣さんのこと変な約束で束縛するし。真衣さんだってあの人の気を引くために私のこと利用したじゃないですか……」
そう言われてしまうと何も言い返せない。
志保のはわがままなんだろうか。
多分私のはわがままだと言われても仕方ないかもしれないけど。
「もし真衣が私のわがままだけは聞いてくれないって言うなら、全員揃って不幸にします」
「不幸にって何する気?」
逆光になってしまい彼女の表情は見えないが、声のトーンから嘘を付いてるわけではないとわかる。
「全部ばらすだけですよ。そうすればあの人は私なんかに彼女を取られて、私は真衣に恨まれて、真衣さんはあの人に捨てられるでしょ?」
柊那は相変わらず私の顔に触れているが、それが獲物を食べる前の品定めをされているようで急に恐ろしくなる。
「まあ私がそんなことしなくてもいつかはバレると思いますけど」
そう言いながら、彼女の手は私の首を包み込む。
柊那の指が頸動脈を見つけると、手を握る時より少し強めの力で押さえつけられた。
彼女の指に反射して、普段より早く動く心臓の音が鮮明に聞こえてくる。
「こんなに心拍跳ね上げた人が今後も独りで隠し通せるとは思えませんよ」
「だからってバラすのは良くないよ……」
「知ってますよ。ただ他に方法がないから困ってるんでしょ……」
こんなに悲しそうな彼女の顔を見るんだったら、ただの彼女の妹と、姉の彼女の関係の方がよかったかもしれない。
ただ私だって今にも泣きそうな柊那を拒絶できるほど強くない。
さっきまで私の首を軽く締めていた手を握ると言った。
「ならどうしたいの……?」
「今まで通りの関係を続けさせてください。本当に私から二人の時間を邪魔する気はないです。ただ真衣が寂しい時は私が埋めます。私は都合のいい存在でいいので、みんなで幸せになりませんか?」
「……わかった」
会わないって約束を破るのは志保に悪いけど、守った方が酷い結果になる気がする。
今日以降はもうこういうことはしない。
キスもその先も。
それならきっと志保も許してくれるはず。
「ならこれから毎日来てもいいですか?」
毎日か。
まあただ話すだけで、志保と通話する時は静かにしてもらえるならいいかな。
ただ急に柊那が出かけるようになると不審がられる気がする。
「志保と会わない日ならいいけど、毎日出かけたら心配されない?」
「多分大丈夫です、ただあの人からの通話は増えるかもしれないですね」
「なんで?」
彼女は軽く微笑むと、得意げな顔をした。
「気づいてませんでした? 今日いきなり掛けてきたのも多分私が来てないかの確認ですよ」
そういうことか……。
普段いきなり掛けてこない志保がなんでとは思ったけど。
ただ、確かめるってことは信頼されてないのかな……。
せっかく掛けてきてくれて嬉しかったのに。
「私なら真衣が気がついてないあの人の考えも教えられるし、そういう意味でも悪くないと思います」
「わかったって……。来てほしくない日は言うからそれ以外は来ていいよ」
正直そんなことなにも知らずに志保と付き合っている方が幸せになれるかもしれない。
ただそれだといつかまた離れていかれる気がする。
それに比べたら少しだけ嫌な気分になっても教えてもらえた方がましだ。
「ありがとうございます。ところで……」
「なに?」
彼女は私の反応を探るようにまた首に手を当て、脈を取ると言った。
「もう一回したいです」
これが最後だし。
それに、私だってやられっぱなしで居られるほどいい人間ではない。
なにか裏があって私に掛けて来たなら、少しだけやり返したくなる。
志保への不満も込めて、返事をした。
「わかった……」
◇
人生で目が覚めてそうそう頭を抱える日が来るとは思っていなかった。
「なんで裸の柊那が横に?」と言えたらどれだけよかったか。
本来なら目が覚めた後はしばらく頭が回らないのに、私の隣で気持ちよさそうな寝息を立てている柊那を見ると、昨日何をしてしまったか鮮明に思い出せる。
柊那を責める気はないし、私が全部悪いのはわかってる。
ただなにが浮気の振りだ……。
あそこまでやったら完璧な浮気じゃん……。
なんであの時家に入れちゃったんだろう。
なんであの日浮気の振りをするなんて言ってしまったんだろう。
今更後悔しても遅いのはわかっているけど、どこかで修正できなかったのかと悔やんでも悔やみきれない。
私はもう浮気なんてしないけど、一度してしまったのは事実だ。
こんな事が志保にバレれるわけにはいかないし、死ぬまで内緒にしないと。
こういうことしちゃった時って誰に相談するのがいいんだろう。
適任なのは……。
志保は論外として。
志保の柊那の好きな方取ればとか言われて終わりそう。
それが答えとしては正しいんだろうけど、今はそういうのが欲しいわけじゃない。
それにこの間浮気で
そうなると朱莉かな……。
朱莉……。朱莉かぁ。
三股が失敗してる時点で大丈夫かなとは思うけど、まあ失敗してるからこそ学んだこともあるだろうし。
とりあえずあとで相談してみよう。
昨日のに満足してないわけではないし、仕返し抜きにしても2回目を求めてくるのはわかる気もするけど、それら全てを私に彼女がいる事実が台無しにする。
隣に居る柊那が浮気相手じゃなきゃどれだけよかったか。
相変わらず幸せそうな顔して寝ている柊那に少しのいらだちを覚え、彼女の頬を突いた。
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