第6話
「シャワー借りるね」
「私も後で行く~」
まだベッドの上で一糸まとわぬ姿のまま横になっている
どうせすぐ脱ぐと思うといちいち着るのはめんどくさいけど、流石に他人の家の中を裸で歩くわけにはいかない。
自分の家だったとしてもそんなことはしないけど。
「パンツとって」
志保にそうお願いしても、彼女は動かない。
それどころか、「えー」と不満そうな声を漏らす。
「上だけ着てるんだしいいじゃん。今動きたくない」
「けど……」
「お風呂場まででしょ? だいじょぶ今あの子しかいないし」
「だけどさ……」
あの子ってのは
名前で呼ぶこともあるけど、すごく疲れてる時や機嫌が悪い時はなぜかあの子と呼ぶ。
ってことは、よくてこのまま横になり続けるか、最悪服を取ろうと手を伸ばすとまたベッドに引きずり込まれるんだろうな……。
諦めるか……。
「いいやわかった……」
「安心して着替えは持っていくから」
志保はそう言うといってらっしゃいと言うかのように、上半身だけ起こして手を振ってきた。
何が安心して、だよ。
前はそう言って一時間ぐらい寝てたくせに。
まあいいけどさ……。
「わかった。今日は寝ないでよ」
「平気平気」
彼女の表情からはすでに上下のまぶたがくっつきそうな気がしたが、見なかったことにしておこう。
最悪同じ服着て部屋に戻ればなんとかなるし。
ただあのまま寝て汗とか気にならないのかなとかは思うけど。
あーやっば、思った以上にスースーする……。
ドアへ向かって少し歩いただけなのに、想像以上に腰から下が心細い。
誰にも見られることはないとわかっていても、気が付くとシャツの裾を引っ張ってしまう。
志保は大丈夫って言ってたけど、本当に誰もいないよね?
ドアから顔だけ出してきょろきょろと当たりを見回すが、誰か近くにいるような気配はなかった。
よかった、大丈夫そうだ。
ほっと胸をなでおろすと、普段より少しだけ駆け足になりながら階段を下りる。
結局私の杞憂だったな。
そうお風呂場につながるドアに手を伸ばすと、声を掛けられた。
「まーいさんっ。なにしてるんですか?」
声を聴いただけなのに、心臓が一気に跳ね上がるのがわかる。
さっきまで何事もなくノブに掛けていた手も小刻みに震え始めた。
なんでこのタイミングで話しかけるの?
せめて無視してよって言いたい……けど。
志保に大丈夫と言われたとは言えこの格好で出ると決めたのは私だし何も言えない……。
諦めという名の覚悟を決めてゆっくりと振り返る。
そこにはあの夜声を掛けてきたときと同じ笑顔を張り付けた柊那がいた。
「いや、なんでもない……」
「そうですか。首ぐらい隠した方がいいんじゃないですか?」
彼女はそういうと自分の鎖骨の周りを叩いて見せた。
それが何を意味するかは言われなくてもわかる。
今私の身体のいたるところについているキスマークや噛み跡について言いたいんだろう。
「学校行くときは隠すし……」
「隠すからつけさせてあげるんですね」
「なにが言いたいの?」
「いやーお姉ちゃんの希望を叶えてあげる優しい彼女さんだなーと思って」
彼女はそう言うと、「入ってください」と洗面所のドアを開けた。
正直今の柊那に従うのは少し怖いけど、さすがに取って食べるようなことはしないと信じたい。
私が入ると音も立てずにドアが閉められる。
「何する気?」
「二人で話したいなって思ったから声かけただけですよ」
「ならいいけど、志保来る前に終わらせて」
「そんなにバレるのが怖いんですか?」
彼女はそう言うと手元を押さえてくすくすと笑う。
怖くないわけないじゃん……。
こんな格好で話してるのがバレたらなんて言い訳したらいいかわからないし……。
ただ今の柊那に「はい怖いです」なんて言ったら志保が来るまで居座られそうで、言えるわけない。
「そんなつもりじゃないけど……」
「まあ私はバレても困らないしいいんですけどね。せっかくなら見られたら言い訳できないことでもしましょうか」
彼女は慣れた手つきで髪を解いた。
やっぱり髪を下ろした姿だけは似ていると思う。
ただ頬に触れた手から伝わってくる体温は彼女が柊那だと告げていた。
「言い訳できないって何するの?」
「どうしましょうかね?」
彼女は光の消えた目で微笑みかけてくる。
別になにかされるのは構わない。
なんか機嫌が悪そうだし、我慢されて一気に爆発するより、このくらいで小出しにされた方がましだ。
気を引くためとは言え浮気の振りをするなら、私だって問題ない範囲で彼女のように振舞ってもいい。
ただ志保にバレるかどうかみたいなギリギリのゲームをしたいわけじゃない。
「思いつかないなら出て行って、シャワー浴びたいんだけど」
あの様子だと大分疲れてそうだし多分寝てると思う。
ただ柊那がいる時間が長くなればなるほどバレる可能性も上がっていくし、避けられるなら避けたい。
早く出て行ってとアピールするためにもお風呂場のドアに手を掛けて待っていたが、私の期待通りにはいかなかった。
「私にもキスマつけさせてください」
「まあ志保のやつの上からなら……」
今更一つ二つ増えても消す手間は変わらないから構わない。
ただ明らかに変な位置に付けられるとバレそうで、それだけが怖かった。
まあいつも場所を決めてつけているわけじゃないみたいだし、志保は気が付かないんだろうけど。
「動かないでくださいね」
「ねえ待って、せめて服で隠れる場所につけて」
「そんなんじゃつける意味ないでしょ」
柊那は私の願いを一蹴すると首筋に吸い付いてきた。
まあもういいか……。
万が一なにか言われても私が言い訳すればいいんだし。
彼女に体重を預けるように寄りかかると、吸う力が急に強くなり、いきなり離れた。
「満足した?」
「怒らないんですか?」
「まあね……」
一つお願いを聞いてもらえなかっただけで怒るようだと、きっと堪忍袋の緒がいくらあっても足りなくなる。
元々志保にもやめてって言ってたのに付けられたし。
ここら辺の強引さも姉妹なのかもな……。
まあ志保に付けようとしたとき無防備に首を見せてくる彼女によくない感情を抱いたことはあるから、わからなくはないけど。
「なら、噛んでもいいですか?」
「さすがにそれは……」
柊那は期待したような目で訊いてきた。
さすがに噛み痕の数は多くないし、増えたら気が付く気はする。
ただ……、これで増えていたら志保がどんな反応をしてくれるのか気にならないわけではない。
それに柊那もこのまま付き合い続けてもいつか別れると言っていたし、そういうあからさまなことを見せたほうがいいのかもしれない。
だからと言って無条件で噛ませる気はないけど。
いつか気が向いたら試してみてもいいかな。
「なら私に噛み痕つけてください、それならバレないしいいでしょ?」
「それならまあいいけど……」
私がそう言うと柊那は少しだけ襟をずらした。
そこに噛みつけってことなのかな。
「ほんとにいいの?」
「血が出るまでお願いします」
なにそれ。
そう言いたいのを我慢して、出された場所に思い切り歯を立てる。
皮膚の抵抗に負けないよう力を籠めると、口の中に濃い柊那の香りが広がった。
さすがに痛みが我慢できないのか、柊那からは吐息のような声が聞こえてくる。
「飲んで、ください」
今の流れから考えると今口の中に入ってるこれをってことだろう。
あんまりおいしいわけじゃないんだけど……。断る理由もないし。
彼女の肩から口を放すと、わざとわかるように音を立てて飲み込んだ。
やっぱりおいしくない……。
「おいしかったですか?」
「いや、あんまり」
ここで美味しいなんて嘘言って、もっと飲んでくださいなんて言われてもめんどくさいし。
隠さなくていいでしょ。
「へーそうなんですね」
柊那がそう言って少し近づいてきたと思った瞬間、唇からぷるんとした彼女の触感が伝わってきた。
「あ、ほんとだ美味しくない」
え? 今キスされた?
慌てて唇に触れるが、そこには確かに柊那の体温が残っていた。
もともと浮気の振りだけって約束じゃなかったっけ?
いやけど一瞬だったし今のキスじゃないってこと?
私の頭がキャパシティを超え今にも破裂しそうになっていると、柊那は言った。
「今度は
柊那はそれだけ言うとすぐに出て行ってしまった。
「え、待って」
慌てて彼女が閉めたばかりのドアを開けても、私の疑問に答えてくれる人は誰一人いなかった。
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