第5話

 慣れと言うのは恐ろしいもので、初めは志保しほがほかの女が寝たベッドの上に座りたくないと思っていた。

 ただいつの間にか座れるようになってしまった。


真衣まい。この続きとって」


 私の膝を枕にして本を読んでいた志保は読み終えたばかりの本を渡してくる。

 正直自分でも志保がほかの女を寝かせたかもしれないベッドの上で膝枕をするなんてどうかしてると思う。

 多分初めて浮気されたと知った時の私だったら「そんなことするなんてありえない」と泣きながら叫んでいた。


 今となっては彼女にバレないよう泣くことはあっても、数日経てば今までと同じような関係に戻れるようになってしまったけど。

 友達に話せばきっと「すぐに別れな」と言われるだろう。ただ本当に私のことが好きじゃなくなったのならこんな関係を続ける必要性もないし志保の方から振ると思う。


「どこあるの?」

「真衣の隣」


 そういえば、志保が私に座ってと言う前に、何冊かの本を持ってきていた気がする。

 渡された本の巻数を確認すると、次の巻を手渡した。

 さすがに1冊読んでいる間中ずっと正座をしているとだんだん足が痺れてくる。

 ただ私に身体を預けてくれている時だけは、どこにもいかないし、誰にも取られる心配がない。

 そう考えると、志保を独り占めしているからこそ生まれるこの痺れもどこか心地よかった。


「はい」

「ありがと」


 志保がゴロリと体勢を横向きに変えるとキラキラしたピアスが目に入った。

 ……また増えてる。

 しばらく見ないうちに左耳だけで、2個ほど増えている気がする。

 もう開ける場所残ってないじゃん……。

 多分反対側も増えてるんだろうな。

 柊那ひなにはなにもついていなかった分、志保には余計についているように感じる。

 これってどうやってついてるんだろう?


「ん? どうしたの真衣?」

「あ、ごめんぶつかった」

「まあいいんだけどさ。なんかついてた?」

「いやそういうわけじゃない」

「そっか」


 志保は私の触れた場所を気にするかのように手を耳のそばに持ってくる。

 やっぱり、触れると痛かったりするのかな?

 しばらくするとピアスの確認が終わったのか、志保の手は何かを探すように動き出す。

 私の手でも探しているのかと差し出すと、彼女は軽い力で握ってきた。

 

 こんなことを思うと昨日寄せてきた柊那には悪いけど、触れられるだけでもやっぱり二人は違うなと思ってしまう。

 もしかしたら、雰囲気などの影響を受けないからこそ余計に違いが出るのかもしれない。

 志保の方が少し手が冷たいし、目隠しして二人と手をつないだらどっちがどっちかわかるかもな。


 志保はなにがしたいのかわからないが私の指を強く摘まんだり、離したりを繰り返す。


「なにしてるの?」

「いや。真衣だなって思って」

「なにそれ……」


 私だなってことはほかの人の指でも同じように遊んだりしているんだろうか。

 そう言われるとなんかムカついてくる。

 今更指ぐらいいくらでも触らせるけど、せめて私に触れてる間ぐらい誰も思い出さないでほしい。


「楽しい?」

「まあまあ楽しいよ」

「そっか……」


 ずっと触れられているとお互いの体温が混ざっていく気がする。

 この感覚は志保と一つになれているように思えて結構好きだ。

 しばらく彼女の望むままに手をいじらせていると、彼女は体勢を仰向けに変えた。


「ねえその角度から見るのやめてほしいんだけど……」


 彼女の視界を覆うように手を出してもすぐにどかされる。


「私は好きだよ。私だけが見られる真衣の姿って感じで」

「はいはい」


 そう適当な返事をしていると、さっきまで絡まっていた手が首元まで伸びてきた。

 私がなにも反応を示さないでいると、その手は私の頭を下げさせようとしてくる。

 志保が何をしたくてそんなことをしているのかはわかるけど、黙ってる彼女の意図を汲むのはなんか癪だ。

 彼女の手をどかすと言った。


「なにしたいの? 言って」

「いじわる……」

「そうだよ」


 彼女は少しだけ唇を尖らせたあと、あきらめたように息を吐く。


「キスして」


 やっぱりそんなことだろうと思った。

 私がしたいと言ったときはいろいろ焦らしてくるくせに、自分がしたいときはいつもそうだ。

 自分が求めればいつも私が応えると思ってる……。

 まあ別に間違っては無いし、何も言わずに応じてしまう私も悪いのかもしれないけど……。

 ただ今日だけはそんな素直に聞きたくはない。


「ねえ私のこと好き?」


 我ながら馬鹿なことを訊いてると思う。

 こんな質問されたら「好き」以外答えようがないくらい考えなくてもわかる。

 ただそうやって無理やりだったとしても、私以外の誰かにも言っていると思うと私もほしくなってしまう。

 

 ほかの女に言った言葉で満たされるわけないのに。

 ほかの女に汚された心から出た言葉なんて聞きたくないのに。


 ただ一生志保と話せなくなるほうがもっと嫌だ。

 それだったら、一緒に汚れて最後に私を選んでくれればいい。

 きっと柊那が上手く気を引いてくれるはずだ。


「ん? 好きに決まってるじゃん」

 

 志保はそう言うと身体を起こして、体重を預けてきた。

 服越しに伝わる彼女の体温と彼女の香りが脳内でミックスされて、ドロドロに理性を溶かしていくのがわかる。

 キスのあと何がしたいのかもわかる。

 そしてこうやって志保の望むときに相手をするから、今こんなことになってしまっていることも。


 だからと言って、彼女のとろんとした目を見ると拒めるわけがない。

 彼女に促されるまま唇を重ね、口の中に彼女の味が広がってくる。


「真衣」


 今この状況を利用して、もう私以外見ないと約束させられたらどんなにいいだろうか。

 ただそうやって約束を取り付けたとしても、全部が終わった後に捨てられてしまうんじゃないかという恐怖が勝って訊くことができない。

 少し上目遣いになりながら火照った頬で何かを待つようにじっと私を見てくる志保に言った。


「いいよ」


 そう許可を与えると、彼女の小さな手が私の服の下に入り込んでくる。

 まだ私と混ざっていない彼女の体温がゆっくりと私を溶かしていく。

 こうなるってわかってるつもりだったのに、なんで来ちゃったんだろう。

 どうせならこの状態から私しか見れなくする方法はなにかないか柊那に訊いておけばよかった。

 私も彼女の服の下に手を入れると耳元で言った。


「大好きだよ志保」

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