第4話
「あー勝てない!」
あれから何十戦かしたあと、私は再度コントローラーを放り投げた。
あの後も何度か勝つコツを聞いたにも関わらず、完膚なきまでに倒されてしまった。
「なんかごめんなさい……」
「いいよ、コツを訊いても生かせない私が悪い」
ただそうは言っても、彼女の浮かない顔が晴れることはなかった。
なんかもうちょっと対等に遊べるゲームとかあるといいんだけど。
それこそ運全振りのとか。
何かないかと購入済みゲームの欄を適当にいじっていると、
「あのっ。アナログのゲームってなにかないんですか?」
「アナログ、ねー。トランプなら持ってるけど……」
ただ二人でなにかって言ってもな。
ババ抜きも七並べも神経衰弱も大人数でやるから面白いゲームな気がするし。
運に頼るのだとポーカーとか?
それも配る人含めて3人は必要な気がするけど。
柊那も私と同じことを考えていたのか、手渡したトランプを少しいじっただけでケースに戻してしまった。
「なら何もなくてもできるゲームでも探しましょうか」
「そうだね」
お互いスマホに目を落とすが、調べ方が悪いのかこれと言ったものは見つからない。
どのサイトもいまいちパッとしないし、いつも使ってるSNSから通知がきたせいで、しばらくそっちを眺めてしまった。
何かないかなと、サイトとSNSを往復していると肩を叩かれる。
「
「ん? なにか見つかった?」
彼女が手招きして見せてきたスマホの画面には「愛してるゲーム」と書かれていた。
少しだけスクロールしてみたけど、いまいちピンとこない。
「愛してるゲーム?」
「なんか、相手に『愛してる』って伝えて先に照れた方が負けみたいです」
「そういうのって、恋人とか合コンでやるんじゃ……」
せめてやるとしても、親しい友人同士だろう。
ただ今の私たちは友人と言っていいのかも怪しい関係なわけで。
もしこれで私が照れちゃったら、これからどんな顔して二人と会ったらいいんだろう。
柊那に照れたら気があるみたいだし。
かと言って
柊那は私のやりたくない気配を察したのか、「せっかくだしやりましょうよ」としらじらしく催促してきた。
「ほんとにやるの?」
「これで照れない耐性つければ、お姉ちゃんになにか言われても余裕のある対応できますし、そういう意味でもいいんじゃないですか?」
「そうかもしれないけどさ……」
ただなー。
告白の時形式的に好きとは言ったけど、愛してるはそれと違う気がして。
いくら柊那が志保に似てるとはいえ、超えてはいけないラインを踏み越えようとしている気がする……。
だってさ、私今まで志保に愛してるって言ったことある?
そりゃ付き合い始めた時は毎日好き好き言ってたけど、愛してるなんていう機会なかったし。
下手したら人生で初めて言うのが柊那になるのかもしれない。
まだ恋人らしいことはしてないし、浮気の振りで留まってるかもしれないけど、さすがに彼女じゃない人に愛してるって言うのは浮気の気がするんだよな……。
「真衣さんが勝ったら、なにかご褒美でもあげましょうか?」
「なんで急に?」
私そんな話したっけ?
勝ちたいとは思ってたけど、別に何かがほしかったから勝ちたいわけじゃないし。
「まあずっと負けっぱなしだったのでこういうのあればやる気出るかなと……」
「わかったよ……」
なんかいいように丸め込まれた気もするけど、しょうがない。
嫌なら今すぐ代案を出せと言われても何も出ないし。
まあ何か証拠が残るわけでもないから、サクっと勝って終わりにしちゃえばいいでしょ。
私のため息を合図にするように、柊那は私の目をきらきらと光り輝く瞳でじっと見つめてきた
そんな目で見られると余計に照れてしまいそうで、やりたくなくなる。
「ごめん、志保」と心の中で写真立てに謝ると、柊那の方に向き直った。
「いいよ、柊那からで」
ただそこにいた柊那の雰囲気がさっきまでとは違った。
髪を解いたせいかその姿は紛れもなく志保で、一目見ただけで心臓が跳ね上がるのがわかった。
なんで髪を解いただけでそんなに似るのかはわからない。
遺伝子が二人を似通らせるのか、私が言うのなら志保に言いたいと思っているからそう見えるんだろうか。
どちらにせよ、多分やばい。
よっぽど下手な言われ方でもされない限り、照れないわけがない。
というか、もう好意があるとか関係ないんじゃないかな……。
今まで普通に接していたせいで忘れていたけど、二人とも相当な美人だし、今の柊那は誰を相手にしても照れさせられる気がする。
「真衣さ~ん? こっち見てくれないとさすがに言えないんですけど」
彼女は困ったように笑いながら頬に手を添える。
ただ今絶対に柊那の顔は見ちゃいけない。
彼女は相変わらず「ね~ぇ、ねぇってば」と甘い声を出しているが、今の私にはそんなの関係ない。
メデューサを倒したペルセウスもびっくりするぐらいの覚悟で彼女を見ないと決めたんだ。
ただそんな私の覚悟は柊那の知略を持ってあっさりと崩された。
「真衣。こっち向いて」
声はさっきにもまして志保そのもので、いないとわかっているにも関わらず「志保?」と言ってしまいそうになった。
この時ばかりは二人が姉妹であることを恨んでも許されるだろう。
なにが「負けず嫌いかもしれない」だ。
初めから負ける気なんて毛頭ないじゃん。
人を惑わす力があるのではと錯覚するぐらい蠱惑的な瞳を見ていると、彼女は言った。
「やっぱり、初めてこのセリフ言うと思うと緊張するね……」
「そう、なんだ……」
普段だったら車や鳥の鳴き声が聞こえてくるはずなのに、今日に限ってはなにも聞こえてこない。
これほどまでに環境音がほしいと思ったことは今までないだろう。
これだけ静かだと私の唾を飲み込む音すら騒音になってしまうんじゃないかと、ただ音を立てず彼女を見つめることしか出来なかった。
「真衣はしてない?」
「わからない……」
緊張はしてると思う。
さっきから口の中はカラカラに乾ききっているし、視界も狭くなってきている。
ただ今感じてる緊張は受験の時などに味わうものとは、種類が違う気がする。
少し気を抜いただけで空間ごと壊れてしまいそうな、今まで味わったことがないくらい異様な緊張だ。
「私は今すごいよ。わかる?」
彼女の手に導かれて、胸の上に手を置く。
服越しに触れているのに、直接触れているのかと思うぐらい強く脈打っていた。
「そうだね」
そして柊那の胸から手を放そうと少しだけ気を抜いた瞬間、私は彼女に抱きしめられた。
「ひ、柊那?」
今彼女がどんな顔をしているのかはわからない。
ただ触れ合った首から伝わってくる心音が私たちの境界を溶かしていくようで、だんだんと緊張はほぐれていった。
「真衣?」
「なに?」
返事をした時、彼女が息を呑む音が聞こえた。
いつでもいいよと言う代わりに彼女をさらに強く抱きしめると、その声は優しく耳から流れ込んできた。
「愛してる」
それを言われてからどれだけ時間が経ったかわからない。
数時間の気もするし、数秒に過ぎなかった気もする。
お互いの身体に体重を預けあっていると、柊那はゆっくりと口を開いた。
「これって言う方ダメージ大きくないですか?」
「いやっ、言われた方だって相当だと思うよ」
今の私の顔は多分完熟したトマトよりも真っ赤に染まっていて、とても誰かに見せられる顔じゃないと思う。
そう考えると、抱き合う格好でよかったかもしれない。
「なら言われた方の相当を味わいたいので、言ってもらってもいいですか?」
「それはちょっと……」
私が言っても、さっきの柊那に勝てる気がしない。
それにまたあの空気が来ると思うとどうしても恥ずかしさが勝ってしまう。
「別に私じゃなくても……」
「好きな人からの『愛してる』はどんな状況でも聞きたくなりませんか」
まあそれはそうだと思う。
私だって、志保が言ってくれるのであれば何度だって聞きたい。
ただその言い方はすごく引っ掛かる……。
「まあ真衣さんのことが好きなお姉ちゃんを想像して演技したので」
「そういうこと……」
「です。与えっぱなしだと愛情はいつか枯れちゃうんですよ」
それはもっともだとは思う。
たまにものすごく辛くなる時もある。
と言ってもそれはあくまで恋人間の話であって……。
柊那は催促するかのように私の名前を呼んだ。
「真衣さん」
「わかったよ」
さっきからうるさいくらい鳴っている心臓を落ち着けるために大きく息を吸う。
入ってくる空気は柊那で満ちており、少し意識するだけでビーチに作ったお城のように端から理性が崩れ去っていった。
もう柊那が恋人じゃないのにとか考えるのすらめんどくさい。
「愛してる」
「それは誰に言ってるんですか?」
誰ってどっちに言ってるんだっけ?
目の前にいるのが柊那なのはわかる。
ただ雰囲気は完全に志保そっくりで。
それに私の恋人は志保だし。
「志保?」
「私は柊那です」
わき腹を肘で突かれた。
互いに顔を見ることができなくても、今の柊那が不満を感じていることはわかる。
背中に回された手も早くと催促するかのようにゆっくりと動いていた。
大丈夫、これゲームだし。
あくまで浮気の振りだから、なにかそういう行為をするわけじゃない。
ただ「愛してる」って言うだけ。
「ごめん。愛してるよ、柊那」
「……私もです」
柊那はしばらく黙ると急に立ち上がった。
口元は手で隠されていて見えないが、そこ以外も真っ赤に染まっているのがわかった。
彼女の目を見ようとしてもすぐに顔を動かして視線すら合わせてくれない。
「柊那?」
「ごめんなさい。今日は、帰ります……」
これは照れたって言ってもいいんじゃないだろうか。
もともと照れたほうが負けってゲームだったし、もう一回って言えないくらい照れて帰るなら私の勝ちってことでいいの?
「待って照れたよね?」
「それは、その……。真衣さんだってさっき照れたって言ってましたよね?」
「まあ言ったけど」
けどその時はさすがにこんなには照れてない。
普通に話せたし、多分相手の顔を見ろと言われても普通に見られただろう。
ただ柊那はよっぽど見られたくないのか、顔を隠して座り込んでしまっている。
「なら、引き分けってことにしませんか?」
「なにそれ……」
「お互いにご褒美あげてそれで終わりってことで」
まあ私も照れちゃったからいいか。
もともとゲームみたいに明確な勝ち負けがあるわけでもないし。
私も志保から言われた気分を味わえたから悪い気はしない。
「わかったいいよ」
「よかったです。じゃあ今日はこれで」
そう言い放つと柊那は足早に帰っていった。
彼女がいなくなった部屋は、急にいつも通りに戻っていた。
速度を上げて通り過ぎるバイクの音に、カーテンを引き忘れたせいで窓に反射する自分の顔。
全ていつもと変わらない日常のはずなのに、志保の写真だけは満足に見ることができない。
「ごめん、志保」
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