愛されない妃ですから。

@creamP

第1話


「僕に愛されてる、と思った?──残念、僕はきみを愛していない。愛されていると思ってるなら、間違いだね」


そう言って、彼は美しく笑った。

絶望に目を見開く私の頬を優しく撫でて。





「リュシアン陛下に愛されているのはこの私よ!お前こそ、身の程をわきまえなさい!」


「何ですって!?属国に過ぎないブレアンの出で、ティファーニ生まれの私に楯突く気!?」


「は、誇れるものが生まれしかないの?なんて哀れなの。そんなんだからお前はすぐに飽きられるのよ!」


「黙って聞いてれば、お前、お前って……!何様のつもりなのよ!!」


回廊を歩いていれば、庭園で諍いの声が聞こえてくる。それを耳にした私は、そっと侍女に視線を向ける。彼女は首を横に振ると、口論している人物が誰か教えてくれた。


「ブレアンのロザリア様と、レスィア侯爵家のご令嬢、ミチュア様です」


……またあの二人か、と私はため息を吐いた。

最近嫁いできたロザリア様と、長年陛下の寵を得てきたミチュア様は、たいそう仲が悪い。

このまま揉み合いにでもなれば、それは国際問題にも発展する。

後宮を取り仕切るのは、王妃である私の仕事。

私は、早足で二人のもとに向かった。


「何をしているのです?」


「……王妃陛下」


むくれた顔で返事をしたのは、レスィア侯爵家のミチュア様。ロザリア様は、腰を折って私に挨拶をする。

ミチュア様は、元々私と王太子妃の座を争った令嬢だ。私の生家、ウブルク公爵家と、レスィア侯爵家は昔から折り合いが悪い。

だからこそ、素直に頭を下げる気にはならないのだろう。

公の場では無いのでその非礼を咎める気は無いが、ロザリア様が責める視線をミチュア様に向けている。


「妃同士が口論など、あってはならないことです。ロザリア様。貴女は、ブレアンを背負って我が国に嫁入りしていただきました。貴女の言動が、ひいては我が国とブレアンの関係悪化にも繋がることを、ゆめゆめお忘れなきよう。……もっとも、ブレアンの王女殿下であった貴女に、貴族でしかなかった私が意見するまでもないかとは思いますが」


「……いえ。失礼しました。彼女に釣られてしまって、品位を失うところでしたわ」


ロザリア様は、ちくりとミチュア様に嫌味を言いながら非を認めた。あからさまにミチュア様が怒気を露わにする。彼女が何か言うよりも先に、私はミチュア様にも言った。


「ミチュア様。彼女は、ブレアンの王女であった方です。ティファーニの人間として、礼節を持った行動をお願いします」


「……ふん。……お飾り王妃が偉そうに……」


彼女はぼそりとそう言うと、さっさと踵を返してしまった。ロザリア様もまた、ミチュア様が場を後にすると、私に頭を下げて去っていった。


お飾り王妃。

それは、確かにその通りだ。

私は、この国、ティファーニの王妃という立場でありながら、国王に抱かれていない。




私は、ウブルク公爵家の次女として生まれた。

上には姉が一人、兄が一人。

ティファーニ国唯一の公爵家ということで、我が家はとても厳しい教育方針だったように思う。

少なくとも、絵本や小説、戯曲で見るような家族愛は、ウブルク公爵家には存在しなかった。


「ミレーゼ、貴女さっきのカーテシーの時、腰を引くのが少し遅れていたわ。全く、我が家の恥よ。直してちょうだい」


五歳離れた姉は、彼女と同じレベルのものを都度、私に求めた。出来なければその度に小言を言われる。私は、物心着いた時には姉が苦手になっていた。


「お前はなんでそう、オドオドしているんだ。公爵家の娘なんだぞ。もっと堂々としなさい。お前は、人の上にたつ人間なんだ。自信のなさを顔に出すな」


兄は、鋭い指摘をする人だった。

私は、兄や姉、そして両親の目が怖かった。教育係がいつ、あの人たちに私の失敗を教えるのかと思うと、常に緊張が抜けなかった。

人からどう見られているのかを考える度に、手足が強ばり、表情が取り繕えなくなる。

その度に兄や姉からは叱られ、時々お父様に呼ばれては、不出来な娘だと怒られた。


ウブルク公爵家の中で、私だけが出来損ないだった。


七歳の誕生日の前日。

ピアノのレッスンで、いつもと同じところで指が絡まって、音を外してしまった。レッスンの成果を知るために見に来ていたお母様は、その失敗を酷く怒った。


「なんであなたはそうなの!ウブルクの家に生まれたというのに、そんなに出来損ないなの……!?ああもう、嫌になるわ!今日明日、あなたの食事はありませんから!これは罰です!」


そして、その日と翌日の二日間。

私の食事は抜かれてしまった。

誕生日という、本来なら人に祝われて幸せいっぱいな時間を過ごす日なのに、私は悲しくて悲しくて仕方なかった。誕生日パーティーでは美味しい軽食やデザートが用意され、皆美味しそうに食べているのに、主役である私だけが食べることを許されない。

空腹が辛くて、悲しくて仕方なかった。

ホールにいると、食べ物の香りがして、お腹がすいてしまう。その辛さから逃れるためにバルコニーから庭に出た。勝手にホールを出たらまたお母様に怒られることは分かっていたが、これ以上惨めになりたくなかった。


庭に出る頃にはもう半泣きになっていて、私はひとり泣きじゃくりながら夜の庭を歩いた。

夜の庭は、恋人たちの逢瀬の場だ。

泣きじゃくった子供がうろちょろするものではない。偶然会う度に驚く女性の声が聞こえ、その声に私はまた、慌てて庭の奥を目指す。

暗さも手伝って、今自分がどこを歩いているのかも分からなくなっていた。


ホールの光が届かなくなるほど奥に向かうと、次第に声も聞こえなくなってきた。

ようやくひとりになった私は、そこでメソメソ、しくしくと泣いていたのだ。

その時、私に声をかけた人がいた。


「ねえきみ、泣いてるの?」

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