第31話「キジマさん」(フ完全版) 16

 次の日、橋元菊子は大学に現れなかった。

 佐藤士郎は菊子に電話を掛けようかと思ったが止めた。何か伝えたい事があれば彼女の方からコンタクトを取ってくるだろうし、彼女からアクションが無ければそれは、そっとしておくべきなのだろう、と。

 美津子はあれ以来休学してしまったし、淳一は耳の治療で今日は休んでいる。

 

「今晩は俺のトコだろう」

 士郎は呟いた。


 その日の夜、士郎はいつも通り眠りに付いた。

 

 深夜になって目が覚めた。

 スモールランプの下、ベッドの足元に女性が立っているのが見えた。


「私が誰か解る?」

「ああ、キジマヨウコだろ」


「あなたは何の目的で私の家に来たの?」


「君に会うためだよ。あそこへ行けば会えるかもと思ったんだ」


「あなたは私を知っているの?会った事は無いでしょう」


「いつも大学で会っていたよ。声を掛けた事は無いけれど、いつも見ていた。そのワンピースも何度か見ている。なのかなと思ってた」

 

「そう、これはお気に入りなの、だけど、私はあなたを知らないわ」


「知ってもらおうと思っていたんた。その事を今でも悔やんでいる」


「悔やむって何を?」


「君に声を掛けなかった事さ、判るだろ、ずっと好きだったんだ」

 耀子の姿が一瞬固まった。


「ありがとう、嬉しいわ、だけど私は今こんな顔よ」

 耀子の顔の廻りが、鬼火の如くボゥッと薄明るくなって彼女の顔が顕になった。




 



 

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