【実話怪談】黒い救急車

まちかり

・黒い救急車

 拙作「背中」でも記述しておりますが、まちかりは映像関係の仕事をしていたことがありました。


 当時多かったのが〝Vシネマ〟と呼ばれた作品に係わるお仕事です。


 〝Vシネマ〟というのは、映画のような製作形態を取りながら映画館で公開はせず、当時街中に溢れていたレンタルビデオ店でレンタルされることを前提に製作される映像作品の事です。


 初期にはほぼ映画並みの予算が用意されましたが、後発の製作会社が参加するようになると価格競争になり、だんだんと製作費が低くなっていき低予算にあえぐようになっていきました。


 予算が無いので、撮影にスタジオが使われることは稀で、ほとんどは〝外ロケ〟と呼ばれるロケ地での撮影になります。それもマンションの空き部屋や倉庫、特に多かったのは廃墟での撮影です。


 廃墟の良いところは、使われていないので好き放題出来る事です。汚しても文句を言われることはまずありません。いつかは壊されて、何か新しい建物になってしまうのですから。


 ただしご想像通り、廃墟の中には曰く付きの物件もありました。そう、『出る』物件です。


 さすがに映画製作なので、初めから〝お化け屋敷〟のような曰くつきの物件で撮影することはありません。ただ、やはり〝廃墟〟なのでそういう噂は必ずついてまわるモノです。


 今回の舞台は郊外にあった病院の廃墟のお話です。


 そこはスタッフの間では『本当に出る』と有名でした。ロケで置いて行ったオモチャの小道具が遊んだ後のように散らかっていたとか、忘れ物をしたスタッフが夜暗くなってから知らない女性に呼び掛けられたとかよく聞きました。まちかりもメイクさんや女性スタッフに夜になってから「忘れ物したから、一緒に来てぇ!」と懇願されたことも多々あります。


 残念ながらまちかりは他のスタッフより早く仕事が終わるので、その廃病院に取り残されることはまずありませんし、パッケージ化した機材を忘れることもほとんどありませんでしたから怖い思いをしたこともありません。


 ただ、よく一緒になるスタッフで〝見える〟人・〝感じる〟人が何人かは居ました。よくロケ中に『あそこの廃プールから男の子が覗いている』とか『蜘蛛みたいな女が、天井に張り付いている』とか言うので、ちょっと怖かったです。


   ◇


 ある時まちかりは、その〝視える〟人と一緒の車でその廃病院に行くことになりました。他にも確か二人ぐらいスタッフが乗っていたはずです。


 病院は小高い丘の上に建っていて、麓からジクザグの道を延々登らなくてはならないのです。


 登っているさ中、まちかりはスタッフの一人に話しかけました。


「この廃病院、買い手が付いたんですって」

「へえ、それはスゴイ!」


 スタッフがそう言うのも無理はありません、もう何年も廃墟のまんまだったんですから。


「ロケ場所が減っちゃいますね……で、何になるんですか?」

「結局また病院ですって。リハビリ用の病院だそうですよ」

「ふーん……」


 そう言ったまちかりは、違和感を感じて助手席を見ます。あの〝視える〟スタッフが病院の敷地に入ってから一言もしゃべらないのです。普段は気さくに冗談など言ったりするのに、顔をこわばらせたまま前方を凝視しています。こういう時は何か視えているときなので、まちかりは黙っていました。


 ジクザグ道を登り切り病院の正面に入った時、まちかりは軽く驚きました。病院の正面がキレイになっているのです。しかも、見ると入り口前に救急車が停まっています。


 だけどその救急車が珍しいのです。よく街中で見かける丸いデザインの救急車ではなく、角ばったかなりの大型な救急車で……そう、それはアメリカ映画などでよく見かける救急車だったのです。


 もう一つ不思議なのは色です。救急車の色はアメリカも日本も白のはずなのに、なぜかその救急車は〝真っ黒〟なのです。その雰囲気はまるで……


 霊柩車です。


 でもきれいな玄関といい、この大きな救急車といい、この病院を買った人はすぐにでも営業したいに違いない。そう思ったまちかりは、同乗しているスタッフたちに話しかけます。


「凄い救急車ですね! これならすぐにでも営業を再開しそうだ!」


 不思議なことに、誰からも返事が返ってきません。


『おかしいな? こんなきれいな玄関やこんなすごい救急車を見ても、何も思わないのかな?』


まちかりが戸惑っていると、いつの間にか車の前に先に現地に着いている、製作部という現場の状況を取り仕切るパートの人が居ました。


「まちかりさん、車は病院のウラに回してください」

「わかりました」


 まちかりは車をウラに回したところで、唖然としました。病院の裏手は前と全く変わらず、荒れ放題のままだったのです!


『そんなバカな!』


 撮影が始まって、室内を見回ってもキレイになどなっていません。相変わらずの廃墟のままです。


   ◇


 撮影が終わって帰り際、行きと同じスタッフたちだったので尋ねました。


「……来た時、入り口キレイになってませんでしたか?」

「いや、そんなことないですよ」


 そう、撮影が終わったあとに確認したら、入り口も廃墟のままだったのです。


「でも、入り口に大きな救急車、停まっていましたよね?」

「いや実は、まちかりさんが『救急車、救急車』って騒いでいたのは知ってますけど、僕たち何を言っているのかさっぱり解からなかったんです」


 まちかりは唖然としました。あんな存在感のある救急車が自分にだけしか見えてなかったなんて! すると〝視える〟スタッフがポツリと言いました。


「入り口だろ? あそこにはヘンな物が居たな……こっちをずっと視てるから

、来るとき引っ張られないように睨んでいたんだ」


 まちかりは戦慄しました。ワケの分からないものがあそこに居てこっちを見ていたと云うんですから……


「じゃ、じゃあ! あの救急車は!」


 〝視える〟スタッフはポツリと言いました。


「そんな風に見えたんだな、まちかりさんには」


                      了

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