第52話 お見舞いの襲撃社

「ん、グレッフ、忘れ物か……げっ!」


 コージーとファインが病室に入ると、ブレインの顔が歪む。

 嫌悪感を露わにすると、傍に置いてある剣を取ろうとするが、それも仕方がない。

 何故かファインが笑顔を見せる上に、自分が倒せなかった相手を倒した勇者だ。

 それは腸が煮えくり返るくらいには、苛立っているのだろう。


「こんにちは、ブレイン君」

「大丈夫そうか?」


 コージーとファインは無難に立ち回った。

 しかしブレインはコージーとファインに気色悪さを覚えたらしい。

 全身を身震いさせると、包帯でグルグル巻きにされた足を動かそうと必死だ。


「このっ、俺を笑いに来たんだな!」

「そんなことしないよ」

「嘘だな。俺を倒したモンスターを討伐したんだろ。それで散々お前を罵った俺を二人してバカにする気だな!」

「そんなつまらないことに手を焼く暇は無い」

「なっ!?」


 如何やらコージーの言葉は更に火に油を付けたらしい。

 苛立ちが極限まで達し、ムシャクシャとすると、葉をガタガタ言わせた。

 震えているのは律するためだ。

 賢明な判断だと言えるが、そんなこと、コージー達には関係が無い。


「ブレイン君、そんなに怒らないで」

「そうだぞ。怠って仕方がない」

「誰のせいだと思っているんだ!」

「俺の挑発に乗るようじゃ、負けて当然だったって訳だ」

「な、なんだと! もう一回言って……」

「言わない。むしろ、命があっただけ凄いと思う。しかも仲間を全員守ってだ。頑張ったな」

「な、な、なんだよ、それ……」


 ブレインは如何やらコージーがそんなことを言うとは思ってもみなかったのだろう。

 当然だ。病室のベッドの上。そんな場所に勇者が居ると言うことは、一つ言えば名誉の負傷、もう一つは体たらくが招いた結果論。

 ブレインには後者の方が強くイメージできるらしく、コージーは想像できてしまった。


「カッコ悪いだろ、こんなの」

「カッコ悪くなんて無いよ! そのおかげで、グレッフ君も、サンラちゃんも、スルタス君も、みんな無事だったんだよ」

「勇者がこの様じゃ、意味無いだろ」

「そんなこと無いよ。私だって、私だって、勇証に目覚めなかったら、あのバグモンに勝てなかったから」

「……はっ?」


 それを聞いた瞬間、ブレインは目を丸くした。

 固まってしまい、ファインの顔をマジマジと見る。


「な、なに?」

「……今、勇証に目覚めたって言ったのか? お前が、最低最弱の勇者が?」

「う、うん」

「なんだよ、それ! 俺だって目覚めていないのに、お前が、お前みたいな奴がか……糞っ、糞っ!」


 何故だろう、ブレインは突然自責し始め、乱暴にベッドを叩く。

 悔しがっているらしく、目からは涙を落とす。

 包帯を濡らし、治りきっていない擦り傷に入ると染みていたそうだ。


「ブレイン君?」

「ざまぁないな」

「コージー君、そんなこと言っちゃダメだよ! どうしたの、ブレイン君?」

「……帰ってくれ」

「えっ?」

「帰ってくれって言ったんだよ。お前は俺を超えた。一番の討伐数と貢献度を誇る、この俺を出汁に使って俺をバカにしに来たんだ。そうじゃないと、そうでないと、俺が勇証を使えないなんておかしな話だろ!」


 ブレインは自暴自棄になっていた。

 目の白い部分を真っ赤に染め上げ、ファインに今にも掴みかかる勢いだ。

 しかしファインの強い眼を喰らい、身動きが取れない。

 それだけ勇証と言う力は勇者にとって特別なものだとコージーは悟った。


「ブレイン君、勇証の有る無しが全てじゃないよ?」

「それは結果論だ」

「それは……分かったよ。ごめんね、ブレイン君。コージー君、帰ろ」

「いいのか?」

「うん。じゃあね、ブレイン君」


 お見舞いに来たはずなのに、当の本人から面会謝絶されてしまった。

 これも日頃の行いのせいだろう。

 コージーとファインは諦めて帰ろうとすると、ブレインはポツリと呟いた。


「……倒してくれてありがとうな」

「「えっ?」」

「なんでも無い。だけどこれだけは言っておく。次は俺が勝つ、それだけだ!」

「……そっか」


 ファインは強がるブレインを可愛く思った。

 柔らかく笑みを浮かべると、踵を返して堂々と病室を後にする。

 結局の所、ブレインは感謝していたのだ。

 その気持ちを持っているだけで充分だとコージーは思うと、ブレインの視界から消えようとした。


「ブレイン」

「なんだよ、さっさと帰れてって」

「お前は強いぞ。仲間を守るために盾になるなんて、そうできることじゃない。誇っていいはずだ」

「おいおい、急になんだよ。いつもの心無い一言は何処に……」

 ブレインのことをコージーも称賛した。

 それだけのことをしたのだから当然で、ブレインが体を張らなければ仲間は死んでいた。

 それを死ぬ気で守り抜いたのなら、それは紛れもない勇者の素質だった。


「けど今回は雑魚だったな。それだけだ」

「お、おいお前! コージー、待ちやがれって、痛い!」


 ブレインは苛立ってベッドから降りようとする。

 しかし足の骨が折れているせいでまともに歩けず、そのまま転んで鼻を打つ。

 コージーはそんなブレインのだらしない姿を敢えて見ることはせず、背中を向けたまま病室を後にした。それがせめてもの称賛への対価だからだ。

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