第49話 リンにお礼を言いに来ただけなのに

「リンさーん!」


 その日の内、コージーとファインは再び合流した。

 お互いに仮眠を取った後で、今回、黒馬騎士のデバッグに最大限の援助をしてくれたリンの下へ、お礼を言いに行ったのだ。


 正直な話、リンの助言とアイテムが無ければ勝てなかっただろう。

 仮に無かったとして、勝てはしても、無事な勝利を収めることはできなかったはずだ。


 つまり今回の勝利にはリンの貢献が一番。

 その事実を弁えているからか、コージーも大人しかった。とは言え、腹の中では些か疑問が募るばかりだ。


(どうして、どうしてリンは知っていたんだ? バグモンと言う存在自体、あくまでも外部の人間が付けた俗称。データ上の存在であるはずのリンが知っているなんて、ましてや俺より詳しいことがあるのか? 怪しい、何か引っかかる)


 そんな裏を掻く気持ちが強く出ていた。

 正体を確かめたい。

 その一心を忘れられずにリンの経営するアイテム屋フウリンに来たものの、店には人っ子一人居なかった。


「あれ、リンさんいない?」

「そうだな」

「何処に行っちゃったのかな? この時間なら入ると思ったんだけど……」

「ファイン、リンの店はいつもこんなに静かなのか? 前回や今回がたまたまってことは……」

「無いよ。リンさんのお店、いつもいつも静かだから」

「閑古鳥が鳴いているって訳か……」


 それでよく成り立つなと、コージーは不思議に思う。

 けれどそれ以上生活面に口を出す気はない。

 誰だって知られたくないことの一つや二つある。そこに首を突っ込んで引きずり出すのは野暮だと分かっていた。


「それじゃあファイン、リンは店が暇なときどうしているんだ?」

「えっ、どうしてるって?」

「単純な話だ。人間、暇が一番嫌いだろ? 人間は常に何かを欲し、追い求める。どんな人間であれ、何か浴するから人間なんだ。これだけ人がいない、言い方は悪いが繁盛していない店で一日中暇を潰すのは……

「決して暇じゃないよ」


 コージーがそこまで分析すると、不意に女性の声が聞こえた。

 耳元で聞こえたので、反射的に手を出すと、腕が宙を掠める。

 何も触れなかった。否、そこにはなにも無かった。

 はっきりとした声も近くには無く、扉の前にリンが居た。


「リンさん!」

「い、いつの間に……」

「人を化物みたいに言わないで欲しいな。それに私は今戻って来た所で、扉を開けてここにずっと立っていたよ」


 その言葉に、コージーは恐怖心を掻き立てられた。

 あまりにも不安にさせる文言は、首筋を透明なナイフで突かれたみたいになる。

 それだけ悍ましくて恐ろしい。

 コージーは冷汗が流れると、こど場を失い、その脇をバタバタとファインが駆けた。

 まるで子供の様で、コージーは呆気にとられれてしまう。


「リンさーん!」

「おっと、子供じゃないんだ。あまり抱きつかない方がいい」

「いいじゃないですか、リンさん!」

「全くだね。ファイン、はい、よしよし」


 リンはファインに抱きつかれ、面倒な素振りを見せる。しかしそれも一瞬の内で、すぐに子供をあやす親の姿勢を取る。

 あまりにも手慣れている。これはこれで怖い。そう思ったのだが、リンはジロッとコージーを睨み付け、「見るな」と無言の圧力をかました。


「ふぅ、それでどうしたんだい?」

「今日はリンに用があったんだ」

「私に用?」

「はい、コージー君と一緒にリンさんにお礼お言いに来たんです!」


 ファインはキラキラした目を浮かべた。

 リンは中身の無い言葉に気圧されてしまい、ポカンとした表情を浮かべるも、少し怖がっている。

 そんな中、リンは冷静さを取り戻し、ゆっくり言葉を選んだ。


「お、お礼?」

「昨日は助かった。ありがとう」

「コージーに頭を下げられるのは、かなり気持ちが悪いね」


 コージーは丁寧に頭を下げた。

 実際、コージーが本気の本気を出さずに済んだのはリンのおかげだ。

 その事実は確かなもので、コージーはNPC相手にも礼儀を尽くした。

 とは言え、あまりにも態度の違うコージーに、リンは驚愕してしまい、気持ち悪くて寒気がしていた。


「それだけリンさんに感謝しているんですよ。私からもありがとうございました」

「うーん、私は対してなにかした覚えはないんだけどね……でも、感謝されるのは嫌いzじゃないよ」


 リンははにかんだ表情を浮かべるも、感謝されることを静かに受け入れた。

 ニコッとした笑みを浮かべ、ファインは更に抱きつく。

 勇者のパワーにも負けず、リンは優しく頭を撫でていた。


「リン、苦しくないのか?」

「いいや、苦しくないよ」

「どっちなんだ?」

「ファインに抱きつかれるのは慣れているんだ。それより、お礼とは言っても、まさかタダのお礼じゃないだろうね?」

「「うっ」」


 リンはコージーとファインを下手に見ていた。

 ニヤリとした表情を浮かべ、コージー達を見つめる。

 これは何か買わないとダメなパターンで、コージーは目を泳がせた。


「ファイン、どうする?」

「えっと、どうするもなにも……」

「無理して買う必要は無いよ。私は気概を買っているんだ」

「完全に闇の会話だな」

「か、買います……」

「毎度有り」


 ファインは簡単にリンに踊らされてしまった。

 苦渋の表情を浮かべると、ファインは財布の中身を確認する。

 厳しい表情になると、コージーはファインを大概に思ってしまった。

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