第44話 永久の勇者の意地

 黒馬騎士の右腕が伸びている。

 黒い剣が徐々に伸び、明らかに何かしようとしている。

 ファインはその瞬間を見てしまうと、咄嗟にコージーへ叫んだ。


「コージー君、剣が伸びるよ、気を付け……」

「気を付けるのはお前だろ」


 そう言うと、コージーが一気に急降下する。

 ファインの目の前までやって来ると、腕を掴んで後方まで下がる。

 何が起きたのか理解できていなかったファインだが、突然髪の毛の一部が切り取られ、宙に舞うのが見えた。


「えっ?」

「狙いはお前だ」


 コージーの言葉にハッとなって気が付かされた。

 黒馬騎士の黒い剣が、コージーではなくファインを向いている。

 初めから狙いはコージーではなかった。

 その事実を突き付けられると、不意に肝が冷えてしまう。


「わ、私……」

「気が付いたのは良かった、偉いな」


 ファインは自責してしまいそうになる。

 けれどコージーは先に口止めし、ファインを責めなかった。

 こんな所で自責してもテンションが下がるだけだ。


「コージー君、その姿!」

「悪いが構っていられない。この姿には制限時間があるからな」


 ファインはコージーに姿が気になってしまった。

 突然人間が竜になれば誰も驚くはずだ。

 けれどコージーは余計な無駄口を叩かせない。

 威嚇するようにファインを再び遮った。


「制限時間? もしかして数分間しか保たない……」

「一時間だ」

「えっ、今なんって?」

「この姿でいられるのは一日合計一時間だからな。ここで仕留めるぞ」


 コージーはそう言い残すと、地面を叩き付けた。

 土埃を巻き上げて蹴り込むと、一気に加速していく。

 一瞬にして姿を消すと、黒馬騎士の体に〈蛇腹鋼刃〉を叩き付けた。


 バシュン、バシュン、バシュン!


 鞭のようにしなる〈蛇腹鋼刃〉。

 蛇を超えたうねりを見せると、連続攻撃で叩きのめす。


「ギシシシィ、ギシシッ、ギシィー!」


 黒馬騎士は悲鳴を上げた。

 もはや近付くことすらできず、防戦一方のままだ。

 無駄に伸ばした右腕も邪魔にしかなっておらず、黒馬騎士は反撃の余地を失っていた。


「このまま押し切る」

「コージー君、そんなに暴れたら自分を見失っちゃうよ!」


 ファインはコージーが力に呑まれていると思った。

 もしくはこのままだと呑み込まれてしまうかもしれない。

 そう思うと何としてでも救い上げようとするが、コージーは心配無用だった。


「余計な心配だな。俺は冷静だ……今はな」


 コージーはボルテージが上がりつつあった。

 圧倒的な力で押し切る。呪いのアイテムである武器も、強力なスキルもさることながら、コージー自身の能力を引き上げてくれていた。

 まだまだ余力が残る中、コージーは黒馬騎士を追い詰める。


「ギシシシシシィ!?」

「そこだぁ!」


 コージーは〈蛇腹鋼刃〉を弾き、黒馬騎士の胸に叩き込んだ。

 罅が入り、今にも砕けそうになっていた所に追い打ちを喰らった。

 すると黒い鎧が弾け、中から黒い靄が出る。一瞬にして視界を奪うよう広がると、流石のコージーも動けなかった。


「な、なんだ、この靄!?」

「もしかして中身が無い……はっ、コージー君!」

「動くなファイン。下手に動けば俺達で痛み分けだ」


 コージーは戦況をよく見ていた。

 しかし靄のせいで視界が奪われてしまい、肝心の視覚が失われる。

 このままではダメだ。コージーは牙で舌を噛むと、姿を消して一世一代の攻撃を仕掛けに来る黒馬騎士を捜した。


「糞っ、さっきと同じかよ。ネタ切れか?」

「コージー君、この靄さっきよりも濃いよ。私達を靄の中に閉じ込めて、靄の外で体勢を立て直しているんだよ」

「そんなことは分かってる。だけど、いつ奇襲が来るか分からない。今度の剣はリーチが長いからな」


 黒馬騎士は成長している。

 コージーとファインに適応するためにラーニングを終えていた。

 リーチの長い黒い剣が靄の外から襲い掛かる可能性を考慮すると、下手に焦るだけで何もできない。


「せめて敵の動きが止まれば」

「止まる?」

「同じことをしてくるのが分かっているなら、それに適応できればいいんだ。いくらでも攻撃の隙は生まれる。……とは言え、そんな単純な話しでも」

「……コージー君、私を信じてくれる?」


 コージーは奥歯を噛んで悔しい思いをしていた。

 あと少しで届きそうなのに、何故か届かない。

 強力なバグモンを相手にし、心身共に疲弊していると、ファインが口走った。


「信じる? ファインをか?」

「うん。私、コージー君ばかりに戦わせられない」

「これは適材適所で……なにかあるのか?」

「作戦はなににも無いよ。だから信じて欲しいの。私も私自身を信じてみるから」


 ファインはボロボロの体で選定の剣を握った。

 もはや最後の一撃しか繰り出せない。

 これは完全にファインの意地で、死ぬ気の目をしていた。


「やれるのか?」

「分からない。だけど私、まだ奥の手が残っているから」

「奥の手?」

「私だって勇者だよ。勇者には勇者にしかできない必殺技があるってもの。相場が決まっているでしょ? だから、試してみるね。永久の能力、勇者の力を!」


 宣言したファインは息巻いていた。

 全身からエネルギーが吹き荒ぶと、黒い靄の中で煌々と姿を現す。

 まるで輝いているよう。実際には何も変化は無いのだが、コージーにはそう見えてしまい、ファインの意地を信じることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る