第42話 天空の鋼竜

「うっ……」


 断末魔が聞こえたせいか、ファインの指先が動いた。

 緑を掴み、軋む体を揺すり動かす。

 膝を使い、ゆっくり体を起こすと、ファインは周囲を見回す。


「わ、たし、は……あ、れっ・・・はっ!?」


 ファインは何が起こったのか、分からなかった。

 記憶があやふやで、断片的にしか残っていない。

 けれど周囲を見回し分かったこと。それは二つもあった。


「バグモン!?」


 黒馬騎士は健在だった。

 まるでダメージを負っている様子はない。

 ファインは全身をゾクリする殺気に包まれると、勇者ではあるが震えてしまった。


「こ、コージー君は? あ、あれ……」


 ファインはすぐさま相棒であるコージーを捜した。

 きっとすぐ近くに転がっている筈だ。

 そう思って視線を右往左往させるものの、そこにコージーの姿は見当たらない。


 もしかしてやられてしまった。ファインは最悪の想像が働く。

 しかしコージーに限ってそれは無いとすぐに首を横に振る。

 けれど逃げたとも思えない。強いて挙げるなら体勢を立て直すためだが、それにしては気配が無さすぎる。


 ましてや黒馬騎士は誇らしげな態度を取っていた。

 剣を草原に突き付けると、つい先程まで何かと争った様子だ。

 その出で立ちから容易に想像できてしまい、ファインは怒りが走った。


「コージー君を……コージー君をやったの? 私の仲間を傷付けるなんて、絶対許さない!」


 ファインは奥歯を噛み締め立ち上がる。

 痛みも殺し切り、黒馬騎士を睨み付けた。


「ギシシッ!?」


 黒馬騎士も突然の殺気に身が震える。

 軋む鎧と仰け反る体。完全にファインに気圧されていた。


 けれどそれも一瞬の出来事で終わってしまう。

 せっかく立ち上がったフィアンだったが、威勢が消えてしまう。

 あまりのダメージに体が付いて行けず、膝を崩してしまったのだ。


「くっ、こんな時くらい動いてよ」


 ファインは自分自身に叱咤を打った。

 けれどダメージを負った体はなかなか動かない。

 膝が付くと同時に険しい表情が生まれると、黒馬騎士は余裕を取り戻す。


「ギシシシシッ!」


 まるで笑っているようで、ファインは腹を立てた。

 高笑いを浮かべ、空を見上げる黒馬騎士。

 ファインのことなど敵ではないとばかりに視線を逸らすと、右手の剣を突き付けた。


「笑ってるの? うっ、動いて私の体。私は負けない。勇者だとしてもそうじゃなくても、こんな所で負けられない。ブレイン君と見たいな真似、もう私は許せない! だから私は……はっ!?」


 悔しい思いを滲ませるファイン。

 今にも悔し涙に溺れそうになるが、嘲笑うかのように黒馬騎士は動き出す。

 着き出していた黒い剣を振り上げると、ファインの脳天目掛けて振り下ろす。


 カキーン!


 けれどファインも黙ってはいない。

 避ける駄目の体力が残っていないのなら、犠牲は最低限で払う。

 差し出した右腕。その手には選定の剣が握られており、バチバチと剣身が眩く輝いて見える。


「私は負けないよ。だって“最弱”でも選定の剣に選ばれた、“最弱最高”の永久の勇者だから!」


 ファインは気合だけで黒い剣を弾き飛ばした。

 黒馬騎士はあまりの気迫に押し負けると、胴体部分を無防備に晒す。

 その隙をファインも逃しはしない。最後の足掻きとばかりに膝を使うと、体を前に倒すように選定の剣を突き付けた。


「届いて!」


 ファインの気持ちを乗せた一撃。

 しかし黒馬騎士には当然届かない。

 圧倒的な防御力を誇る鎧に傷を付けることはできず、微かな亀裂を生むだけ。

 それだけが精一杯で、ファインは顔面から草原の上に倒れ込んだ。


「ぐすん……ぐすん……私には、私にはこれ以上は……ごめんね、コージー君、みんな、私はやっぱり弱いから……」


 ファインは泣き崩れ、最後の時を待つだけだった。

 もはや体はまともに動かない。

 今の一瞬で全身の骨が悲鳴を上げると、引き絞っていた筋肉の繊維が限界を迎えていた。

 黒馬騎士の体当たり。その影響は精神にまで干渉しているようで、ファインは勇者として立ち上がる気力も残らない。


「でも負けたくない……私も、私だって、私だからこそ、負けたくない!」


 ファインは自分の気持ちを激しく吐露する。

 謙虚さの欠片も無い強欲で傲慢な答え。

 それすら嘲笑って掠め取るように、黒馬騎士は最後の時を与えようと、剣を振り下ろす。


「ようやく本音を口走ったな」


 黒馬騎士の動きがピタリと止まる。

 頭上に掲げた黒い剣と、鎧を軋ませるからだ。

 振り返ってみようとするが、その時はやって来なかった。


 バシュン!!


「ギシシシシィッ!!」


 黒馬騎士は突然の奇襲にダメージを負う。

 痛烈な痛みが全身を駆け巡ると、神経があるのは分からないが、HPを一気に削り取る。

 それだけのダメージを与えた攻撃が上空、天から降り注がれると、ファインの視界がうねる蛇のような剣を見つけた。


「これって、コージー君の……コージー君!?」

「勝手に殺すな、ファイン。俺は負けてないだろ?」


 ファインは力を振り絞って、うつ伏せで倒れながらも空を見ようとした。

 すると天空に影がある。巨大な翼、それは完全に人間ではない。

 否、人間の骨格をしているが、見た目は完全に竜そのものだった。


「鋼色の、竜?」

「ふん。これが俺の奥の手だ。〈【Ⅻ柱の竜頭】〉:鋼竜の姿を見ていろ」


 我慢していた感情を吐き出すように、コージーは口走る。

 これこそがコージーの奥の手、【竜化:(鋼)】。

 もはや負ける気はなく、人間の骨格に納まった鋼色の竜が天空を我が物としていた。

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