第41話 黒馬騎士の本気

 コージーの予想は大半が当たっていた。

 その姿形はまさしくケンタウロス。

 全身を黒い鎧に包んだ上半身と、黒い馬鎧に身を包んだ下半身。

 右腕だけが異常に変形しており、黒い剣の姿となっている。


「完全に騎士タイプだ」

「感心している場合じゃないよ、コージー君!」

「そうだな。浮かれている暇は無い。とっとと蹴りを付けるぞ」


 もはやコージーに負ける余地は無かった。

 何故なら相手は霧の中から奇襲攻撃を仕掛ける臆病者。

 肝心の霧を失った黒馬騎士はもはや裸も同然。

 地形と天候の利は、コージー達に天秤が傾いていた。


「ここなら使ってもいいな。【火属性魔法(中):ブレイズ・ジャベリン】!」


 早速コージーは先制攻撃を放った。

 回避される前に倒し切る算段で、ここまで温存してきたMPを一気に使い切る。


「コージー君、魔法使えたの!? しかもブレイズ・ジャベリン……って、なに?」

「これが俺の魔法だ。俺は中規模程度の魔法なら使える。火属性限定だがな」


 コージーはゲームをプレイする中で、【火属性魔法(中)】を習得していた。

 そのおかげか、幾度となくこのスキルに助けられてきた。

 使い続けてきたおかげか練度も充分で、コージーの繰り出した【火属性魔法(中):ブレイズ・ジャベリン】は轟々と炎を散らして、黒馬騎士へと飛んで行く。


「引火するものも少ない。ここなら俺の魔法も存分に使える」

「凄い、凄い凄いよ! これなら私の魔法は必要なさそうだね」

「おい、フラグを立てるな!」


 ファインはコージーを褒めちぎった。

 けれど直後にフラグを立てると、コージーは嫌な予感がする。

 しかし当たらないと思えばいい。そう思ったのも束の間、放った魔法は黒馬騎士に直撃するも、火柱を立てるだけで苦しむ様子さえ、黒馬騎士は見せなかった。


「な、なんだ!?」

「ギシシッ! ギシン!!」


 コージーは自分の目を疑った。

 起きていることが信じられず、たじろいでしまっていた。


 それもそのはず、黒馬騎士の体は炎に包まれていた。

 四本の馬脚で地団駄を踏み、苦しむ様子を演出している。

 けれど強靭な鎧には炎の熱攻撃は全く効かず、常に余裕な立ち振る舞いでいなしてしまう。そのせいもあってか、演出に留まってしまい、一切苦しんでいないのだ。


「こいつ、不死身か?」

「違うよ、コージー君。きっとあのバグモンは」


 ファインは何か悟っていた。

 じっくりと観察する中で、黒馬騎士の動きの連立性を見出していたのだ。

 しかし何をとは答えられない。代わりに黒馬騎士自らが攻撃を苛烈させる。


 バカラッ、バカラッ、バカラッ、バカラッ、バカラッ、バカラッ!!


「地団駄を踏みしめてなにをする……おい、嘘だろ!」


 コージーは激しく地団駄を踏み荒らす黒馬騎士に違和感を覚える。

 何か意味がある筈。考えろ、考えろと、脳が避けるように木霊する。

 そうしているうちに、段々コージーも見えて来た。

 ファインが言いたかったことの先。違和感の正体、加速する心拍数が激しい警告を鳴らすと、コージーはファインに叫んだ。


「ファイン、逃げろ! 黒馬騎士は……」


 そこまで言った瞬間、全て置き去りにされた——


「がぁっ!」

「あっ、がっ、はぁ……あっ」


 コージーもファインも声が出なかった。

 否、声を堕そうとすると肺が引き裂けそうな痛みが襲う。

 喉を切り潰されたような断末魔が自分の体の中だけでグルグルと回り、頭の中を破壊するように蠢いていた。


(なにされた? なにが起きたんだ? いや、見えていた筈だ。あいつはあの一瞬で影を駆けたのか・・・・・・・……)


 コージーは声が出せないので心の中で唱えていた。

 実際に何が起きたのかを冷静に分析する。

 その結果出されたのは、黒馬騎士が自身の影を使って、炎に燃える体さえ利用した体当たりを間接的にコージーとファインに喰らわせたのだ。


(あれがバグモンのスキルか。地団駄はそのための行動。条件スキルってことだな。強力な意味が分かった)


 コージーとファインの丁度合間を縫った体当たり。

 まるで針の穴を通すような神業……と言うわけではなく、強引に体当たりでこじ開けた道だった。


 月明かりさえ隠し、ほとんど影が出ていない筈なのに、地団駄を踏む度影が伸びる。

 コージーの魔法さえ利用して、炎で影を伸ばし続けたのだ。

 二つの条件が重なったことで、影は際限なく伸び続け、地団駄を踏んだ馬脚を影が飲み込み、自動歩行道路のように体を動かしていた。

 まさしくコージーの悪手。そのせいで招いた危機に、コージーは自責する。


(マズいな。どうする……HPも残り少ない。ファインに至っては動けてすらいない)


 視線を脇に向けると、ファインが倒れていた。

 指先がピクリとも動かない状態で、かなりの緊急を要した。

 このままだとどちらもアウト。悟った瞬間、コージーは迷う暇を失う。


(本当は使いたくなかったが……使いしかないか。あれ、カッコいいけど嫌なんだよな)


 コージーは奥の手を使うことにする。

 ここまで一度も使っていなかったスキルで、コージーはピンチだからこそ使うことにした。


「ギシシッ!」


 コージーは震える足で立ち上がろうとした。

 すると気が付いた黒馬騎士がコージーに向き直り、黒い剣でコージーにトドメの一撃を喰らわせようとする。


「はぁ、待てよ。俺はまだ負けて無いぞ」


 黒馬騎士は問答無用だった。コージーと口を利くことさえ億劫らしい。

 そのせいも相まってか、ぶっきら棒な態度が目立ってしまう。

 騎士として歓声の一つもなく、寂しい相手だと理解する。


「悪いけどバグモンは取り除かせて貰うぞ」

「ギシシッ!!」

「ここからは俺の番だ。お前を倒してやるよ、覚悟し……」


 コージーが喋っている途中で、黒馬騎士は容赦なく剣を振り下ろす。

 コージーの体は袈裟切りで切り伏せられてしまう。

 HPが削れて行き、断末魔のように遺された遺言が誰にも届かず虚空に消えた。

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