第40話 霧の入った瓶
コージーはバグモンの正体が、黒馬騎士だと分かった。
けれど分かったという事実があるだけで、勝てるとは言っていない。
むしろ霧の中から飛び出したことでその存在感が露わになると、コージーの抑え込みから逃げ出して、再び霧の中へと消えてしまった。
「糞っ! また霧の中に消えたのか」
「コージー君、どうしよう?」
「どうするって言われてもな……」
コージーはファインと隣り合わせになる。
お互いに霧の中に消えた黒馬騎士を睨みつけている。
けれど視線で追うなんて真似はできない。
足音だけが延々と伝わると、コージーとファインの神経を逆撫でする。
「ファイン、霧払いの魔法は使えないのか?」
「霧払いの魔法? ミストクリアのこと?」
「そこは直訳じゃないんだな」
直訳以外の魔法の名前に違和感さえ覚えてしまった。
けれど今必要なのはそれだ。
コージーは迷いなくファインに頼んだ。
「ファイン、使えるなら使ってくれ。この霧を払うんだ」
「任せてよ。我が視界を迷わす浅ましき霧を払え—クリアミスト!」
ファインは霧払いの魔法を使った。
これで霧が晴れれば黒馬騎士も奇襲攻撃ができなくなる。
そうなれば単純な二対一の超有利な戦闘に変わる。
ニヤリと勝利確信の笑みを浮かべるも、一向に霧が払われない。
「ファイン、霧が晴れないぞ? ちゃんと払ったんじゃないのか?」
「ごめん、コージー君。この霧、ただの霧じゃないみたい。私の魔法じゃ払えないよ」
「ん? つまり意味無しってことか」
「うん。私の魔力が減っただけみたい」
如何やらファインの魔法は不発に終わった。
蓄えていたMPを消費すると、それ以上の変化は得られない。
つまりこの霧は仕様みたいなもので、バグモンである黒馬騎士の特性だった。
「糞っ、天候変化の特性か。面倒なバグを抱えているな」
「だ、大丈夫だよ、コージー君。きっと私達なら……うわぁ!」
焦るコージー。ファインは自分のミスを取り返すためにも必死に励ます。
けれど無防備な背中を見せた瞬間、ファインの背中に黒い剣が振り下ろされた。
カキーン!
「こ、この」
「油断も隙も無いな。それでも騎士なのか!」
あまりにも邪道な黒馬騎士に翻弄されていた。
ファインを守るような立ち振る舞いをコージーはしてみせると、黒馬騎士を攻撃できた。
ファインが受け止め、コージーが攻める。
互いに立ち回りを気を付けるものの、黒馬騎士は霧の中へと永遠と逃げ回るだけだった。
「次から次へと……なんとかできないのか」
「目くらましはできるけど……そうだ、コージー君」
「なにか作戦があるのか?」
「リンさんに貰った瓶を使ってみようよ。中に霧が入っていた変な瓶。きっとなにかできるはずだよ」
ファインが見出したのは、あまりにもアバウトな理由と発想だった。
リンから貰った霧が入ったガラス瓶。
インベントリの中からコージーは取り出すと、神妙な顔色を浮かべた。
「この瓶を使うのか?」
「使ってみようよ。リンさん、意味深なこと言ってたよ」
「それが意味深すぎるんだよな……不安だ」
コージーはリンを信用しきれていなかった。
あまりにも全てを解り切っていたNPCのリン。
その思考回路は人間に匹敵、むしろ性格も相まってか、それ以上に厄介だった。
だからだろうか。本当に信じていいのか怪しい。
もしこれでミスれば相当な油断と隙を見せることになる。
おまけに期待した分だけ精神的な圧迫も強まってしまい、唇を舐め続ける羽目になった。
「絶対開けたら霧が出る系のアイテムだろ」
「リンさんを信じて!」
「お前のリンへの信頼はどれだけのものなんだよ」
「コージー君以上だよ!」
「俺以上なのかよ、最大限の信用無いな。……はぁ、やるしかないな!」
コージーはもはや諦めていた。
ファインの言動、リンの行動。もうやるしかない。
そう思ったからか、ガラス瓶の蓋になっていたコルク栓を抜くと、ガラス瓶の中からモコモコとした霧が湧き始めた。
「うわぁ、なんだなんだ! どれだけ出るんだよ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「コージー君! うわわぁ、けほっ! けほっ、けほっ!!」
コージーは霧に飲み込まれてしまった。
ファインは姿の見えなくなったコージーを助けようとするが、自分も霧を吸って咳き込んでしまう。
完全に騙された。この瓶を使うんじゃなかった。
リンへの信用が一気に地へと落ちた。
「これなら使うんじゃなかった!」
「だ、だって……あれ?」
「ふぁ、ファイン!? ん……この霧、もしかして実体が無いのか?」
ガラス瓶の中から出た霧。その真実に気が付いたのは三十秒後のことだった。
モコモコと雲のように無限に湧き出す霧。
如何やら実体はないようで、ダメージも無ければ不快感もない。
おまけに徐々に視界が開けている気がして、コージーとファインは違和感を覚える。
「もしかしてコージー君。この霧、最初から広がっていた霧を?」
「そうだな。見てみろ、霧が晴れて行くぞ!」
「本当だ。凄い、凄い凄い。リンさんはやっぱり間違って無かったんだよ!」
「ああ、そうだな……おっ、本命が見えて来たぞ」
霧が徐々に晴れ始める。すると視界が開けて行き、霧の中に隠れていた黒馬騎士の姿形も明らかになる。
リンのおかげで形勢が逆転した。
これなら奇襲戦は無い。本格的にニヤリとした笑みを浮かべると、お目見えしたバグモンの姿形もコージーの予想通りだった。
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