第39話 霧の中の黒騎士

 コージーは洗礼を浴びた。

 霧の中から飛び出してきた黒い剣身。

 的確にコージーを捉えると、一撃で切り裂こうとする。


「くっ!」


 コージーは奥歯を噛んだ。

 咄嗟に〈蛇腹鋼刃〉を鞘から抜き、黒い剣身を受け止める。


「このっ、強いな……そらぁ!」


 コージーは全身を使って剣を弾いた。

 軸にした体、バネに使った左足。

 二つを上手く合わせたことで、奇襲攻撃を掻い潜れた。


「あっ、待てっ!」

「ダメだよ、コージー君」


 奇襲に失敗した敵はここは一旦退散だと、霧の中へと姿を消す。

 そうはさせるかと思い、コージーは前に飛び出そうとした。

 軽率な判断だと分かっていたが、ここは前に出るべきだと追おうとするコージーを、ファインは必至に制止させる。


「ファイン……」

「霧の中に入ったら分断されちゃうよ。ここは冷静に霧が晴れるのを待とうよ」

「霧が晴れるか……難しい話だ」


 コージーはファインの言葉を否定する。

 単純明快で、この霧が発生した理由を考えれば分かる。

 あまりにもタイミングが完璧すぎたこともあってか、コージーは霧の中に消えたてきこそ、バグモンであると確信していた。


「ファイン、敵の正体はバグモンだ」

「今のがコージー君の言っていた。ブレイン君達をあんな目に遭わせた……」

「そう言うことだ。しかも俺が腰を落とす程、力も強い。おまけに剣もな」


 相当強い相手であることは身を思って体感した。

 咄嗟に剣を抜いていなければ即死していた筈だ。

 全身が身震いをすると、コージーは〈蛇腹鋼刃〉を霧に向かって突き付けた。


「ファインも警戒した方がいいぞ」

「警戒はしているよ。だけど、敵が何処から来るか……」


 ファインがそこまで口走ると、霧の中から音が聞こえた。

  

バカラッ、バカラッ、バカラッ、バカラッ!

 

 霧の中で、金属が擦れる音と馬の蹄の音。

 コージーとファインはバグモンによって惑わされていた。

 いつ、何処で攻撃をしてくるのか。

 再びの奇襲攻撃を警戒せざるを得なくなり、安堵している暇が無くなる。


「来るぞ!」


 バシュン!


 霧の中から黒い剣が飛び出す。

 剣身まで真っ黒で、今度の狙いはファインだった。


「うわぁ!? お、重い……」

「ファイン。このっ!」


 ファインが狙われ、奇襲攻撃で繰り出された剣を受け止める。

 選定の剣の強度のおかげと、ファインの反応速度。

 おかげで受け止めることには成功するが、力負けして押し切られそうになっていた。


 けれどファインが受け止めている間に、コージーが攻撃を始めた。

 受け止めたということはバグモンも止まっている。

 剣の位置を頭の中で想像すると、脇腹辺りに〈蛇腹鋼刃〉を押し込んだ。


 ガシン!


「なんだ、この音? うおおっ、また消えるのか」


 コージーは金属の板に弾かれてしまった。

 〈蛇腹鋼刃〉の切っ先が、脇腹に当たったのは良いものの、まるで通らない。

 如何やら鎧でも来ているようで、頭の中でイメージを固めた。


「もしかして、騎士系のバグモンか?」

「騎士系?」

「剣を使っていること、馬鎧を着こんだ馬らしき足音、金属製の防具。となれば騎士系だと分かるだろ?」


 コージーは得意げに語った。

 敵の姿形をある程度想像してみると、それだけで戦い方も見えて来る。

 今までにリアル・デバッグしてきた経験が活かされると、コージーは鼻を高くした。


「騎士系だとしても、倒せないと意味無いよ?」

「出鼻を挫くな」

「ご、ごめんなさい」


 コージーはファインに正論を吐かれてしまった。

 そのせいかテンションが一瞬にして盛り下がる。

 その瞬間、殺気が途切れたせいか、コージーの背中目掛けて剣が叩き付けられた。


「だろうな」

「コージー君、後ろ……ぉ?」


 コージーは自分の背中をわざと無防備に晒していた。

 おまけに霧の中から聞こえる足音も声で掻き消していた。

 絶好の奇襲日和。状況を意図的に作り上げると、バグモンはまんまとコージーを襲って来たのだ。


 ギシシッ、ギシシシシィ!!


 しかしコージーは理解していた。

 逆手に持った〈蛇腹鋼刃〉の能力を解放すると、蛇のようにうねりを上げ、黒い剣を絡め取る。

 剣身を封じ込めると、バグモンはコージーへの攻撃を止めて霧の中へと逃げ込もうとする。

 けれど剣をコージーに抑えられているせいか、なかなか霧の中へ姿を消せない。


「お前の姿を見せろ。そうしたら剣を返してやるよ!」


 コージーはバグモンに言葉を突き付けた。

 同時に〈蛇腹鋼刃〉単体のパワーで剣を引き寄せる。

 すると霧の中から黒い鎧が姿を現し、コージーの抑え込んでいた剣がただの剣でない事実を突き付けた。


「なるほどな。妙に硬いと思ったけど、この剣はお前の腕だったのか、鎧騎士よ」


 コージーは霧の中からバグモンの姿を引き攣り出した。

 その姿は完全に黒い鎧を着こんだ鎧騎士。

 しかしおかしな点が二つもあった。


 一つは剣だと思わせていたのは鎧騎士の腕。

 硬化して鋭い剣のように伸び切った腕がコージーとファインを襲っていたのだ。


 そしてもう一つは馬に乗っていないこと。

 その代わり、鎧騎士の下半身はまるでケンタウロスのように四本の馬足になっている。


 つまりコージー達が対峙しているバグモン。

 その正体は馬人間で、圧倒的な体躯を活かした機動力と攻撃性で霧の中からキシュウヲする、邪悪で騎士の風上にも置けない相手だった。

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