第38話 ムーンレス草原

 ムーンレス草原。

 直訳すると、月が無い草原と言うことになる。

 実際、足を運んでみると判るのだが、月が無い訳・・・・・無かった・・・・


「ムーンレス草原まで来てみたけど、ちょっと肌寒いね」

「そうだな。後、普通に月出てるな」


 ムーンレス草原にやって来たコージーとファイン。

 時刻は二十三時を回っている。

 もう少しで五日目に入るのだろう。


「敵はいないのか?」

「そうだね。もしかして、ブレイン君達が倒しちゃったのかな?」

「可能性はあるな。問題はバグモンもいないし、反応もないってことだな」


 ムーンレス草原にやって来たはいいものの、バグモンの気配は一切無かった。

 視線をいくら配ろうが、【気配察知】を使ってみようが、何も引っかからない。

 つまりはモンスターも居なければ、バグモンも近くに居ないということだ。


「とりあえずここからは待ちだな」

「待ちってことは、警戒しておいてってことだよね?

「そう言うことだな。まあ、今日来ないのなら粘るだけだ」


 コージーはシステムをいじることにした。

 体感する時間の流れを早くする。

 そうすることで、無駄に時間を浪費するのを防ぐのだ。


「とりあえず1.5倍速くらいにして置いてと……」

「ねぇ、コージー君。ちょっとお話をしてもいいかな?」

「お話? なにか俺に質問か?」

「そうじゃないけど、雑談かな。私ね、コージー君とパーティー組んで良かったと思うんだ」


 ファインの雰囲気が一瞬にして変化した。

 何故だろうか。コージーは嫌な予感がした。

 このしんみりとした空気感、まるでフラグでコージーはファインの肩を叩いた。


「ファイン、フラグになる発言は禁物だ」

「ふ、フラグ?」


 ファインは急に話を差し止められたので瞬きをした。

 如何やら自分がフラグを言おうとしたことに気が付いていない。

 コージーは溜息を付くと、頭を抱えてしまった。


「正直な話し、俺はもうじき帰ろうと思う」

「か、帰る? 何処に帰るの?」

「何処にって……まあそれはいいだろ。だからお前はまた一人になるから、頑張れよ」


 コージーは無責任パンチを繰り出した。

 するとファインは聞いていない話だとばかりに目を見開く。

 大袈裟な動きでコージーのことを見つめると、静観を取ったコージーに薄っすらと理解させられた。


「コージー君もいなくなっちゃうんだ」

「ブレイン達のことか。確かにパーティーからは追放されたな」

「う、うん。だから私ね、やっと仲間って呼び合える仲の人とパーティーを組めて嬉しかったんだ。でもまたお別れなんて、ちょっと寂しいよ」

「それはそうだかもしれないけど、俺には関係ない。薄情だと思ってくれていい」


 コージーはドライな態度だった。

 どのみち後一時間もすれば強制ログアウトが働く。

 そうなればコージーの存在はセーブデータとして保存はされるが、それまでのことはコージーが居なかった話として取り繕われるだろう。

 そうなれば全て同じ。今まで通りの日々が今まで通りに進むだけだった。


「……この世界の月は綺麗だな。淀んでない」

「月が綺麗?」

「あっ、勘繰るなよ。これ、普通の意味だから。この世界は向こうと違って長年に渡った大気汚染が無いから空気が綺麗で月が美しく見えるんだ。そんな夜空が平然と広がっている世界は、良い世界だと思うぞ」


 コージーは急に話題を変えた。

 草原の上に寝転がると、頭上に浮かぶ月を見る。

 この世界にしか存在しない月で、元の世界と違って大気汚染も少ないのか、空気が澄み切っている。おかげで星の輝きも月の煌めきもどちらも際立って見えた。


「それと同じだ。俺が例えいなくてもいつかまた会えるし、ファインは最高の仲間と巡り会える。それだけの話だろ」

「……コージー君」

「それにしても、夜の月。澄み切った空気……そこに漂う霧。朧月って奴か、風情があるな……ん?」

「朧月!? コージー君、それっておかしいよ」


 一人良いことを言った気になり、上手くまとめ上げたと思ったコージー。

 のんびりと月を眺めていようと頭の上で腕を組み枕を作った。

 しかし視界が急にぼやけると、月が隠されてしまった。

 霧が立ち込め、風情ある朧月が広がるかと思ったのだが、同時に異様なことにも気が付く。


「おかしいな。霧なんてさっきまで……」

「コージー君。ドンドン霧が濃くなってるよ」

「そうだな。しかもこの霧、妙に黒い。不快だ」


 霧は真っ白ではなかった。むしろ黒ずんでいる。

 その中に囚われたコージーとファイン。

 互いに身を寄せ合い、背中を守り合うと、いつでも武器を取れるように指を掛けた。

 

 バカラッ……バカラッ……バカラッ……バカラッ……!


 コージーとファインに鳥肌が立った。

 急に霧の中から金属が擦れ合う音と馬が蹄を立てて走る音が同時に聞こえる。

 一体何が起きているのか。全身を走る異様な感覚に視線が右往左往すると、間近で鋭い金属音が聞こえた。


 バシン!


「はっ!?」


 コージーはいち早く気が付く。

 今聞こえたのは剣の音だ。

 鞘から抜かれ、霧の中から飛び出してくるのが分かると、コージーもすぐさま対応しようとした。けれどあまりにも遅かった。

 奇襲攻撃が霧の中から飛び出すと、分厚い黒い剣身がコージーを捉えていたからだ。

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