第37話 リンからの贈り物

 アメリアの街中を歩いていた。

 これからムーンレス草原に向かっていく。

 その準備も兼ねて歩き回っていると、不意に声を掛けられた。


「ん? 今から街の外に行くんだね」

「「えっ?」」


 ふと立ち止まって視線を預ける。

 人混みの中、路地裏の入口で女性が佇んでいる。

 エプロンを付け、手にはバケットを持っていたのは、フウリンの店主リンだった。


「リンさん!?」

「やぁ、ファインとコージー。今から依頼?」

「そんな所だ。リンは……買い物か?」

「見ての通り買い出しが終わった所だよ」


 リンは鋭い目と眼光を浴びせる。

 手にしたバケットの中身を見せると空になっている。

 やけに軽いのは当たり前だとして、言葉が微妙におかしかった。

 普通ならば、「買い出しに行く最中だよ」の筈だが、「買い出しが終わった所」と言った。


 それの何所がおかしいのか。

 リンの言動に行動、何もかも引っ掛かる所があって仕方がない。


 けれど今は気にしている暇は無い。

 コージーとファインはリンに軽く会釈をするとすぐさま離れようとする。

 今から買い揃えつつ、すぐにでもムーンレス草原に行く必要があるのだ。


「それじゃあリンさん、またお店に寄らせて貰いますね」

「あれ? 妙に冷めているね。なにかあったのかい?」

「答える義理は無い」

「そうだね。でも教えてくれてもいいじゃないか。ねぇ、ファイン?」


 リンはコージーから視線を外し、ファインを狙った。

 するとファインの表情がプルプルと震える。

 今にも喋り出そうとしていて、コージーは制止させようとする。


「ファイン」

「ごめんねコージー君。リンさんは、悪い人じゃないから」


 ファインは何故かリンの前だと口が軽かった。

 リンに問われてしまい、コージーの制止さえ無視してしまう。

 するとペラペラと冒険者ギルド内で何があり、今に至るのか、ある程度噛み砕きつつ放して見せると、リンは話を最初から最後まで真剣に聞き入れ、「なるほど」と理解を示した。


「剣の勇者がね。……まあ、やられるとは思っていたけど」

「ん? どう言う意味だ」

「他意は無いよ。それよりそのバグモン? と戦うのなら、一つ選別の品でも贈ろう」


 そう言うと、リンは何も入っていない筈のバケットに手を突っ込む。

 コージーはお菓子な行動をする店主だと思いつつも、リンはバケットの中から重みのある何かを取り出し、フッと放り投げる。


「ちゃんと取るんだよ」

「お、おい! うわっと、危ないな……なんで瓶が!?」

「ナイスキャッチ」


 コージーは落ちそうになっていたものを取った。

 それは中が白くなっている瓶で、コルクの蓋がしてある。

 

 一体何処から沸いて来たのか、コージーとファインは目を見開く。

 そんな中嬉々とした笑みを浮かべ、拍手を送るリンの姿が目立った。


「おい、お前は一体何者だ」

「何者もなにも無いよ。それよりその瓶の中、白く濁っているけど、いざとなったら使うといい。そうだね、例えば霧が出た時とか?」

「あ、あまりにもピンポイントな使い道だな。そうすればなにが起きるんだ?」

「さぁね、でも期待はしているよ。ちゃんと黒馬騎士を倒してくれないと、私達が困るんだから」


 リンは瓶の説明を簡略的に話した。

 聞いていたコージーは聞き流し半分で受け入れるが、何よりもリンの言動が奇妙過ぎて反発してしまう。

 まるで全てを見透かしているようで、この世界のNPCの中でも特別な権限があるみたいに感じた。


「それじゃあ健闘を祈るよ」

「ちょ、ちょっと待てよ。おい!」

「行っちゃったね」


 リンはコージーの制止を一切聞かなかった。

 完全無視を決め込むと、人混みの中に溶けて行く。

 コージーもファインも唖然とさせられると、受け取った謎の瓶を覗き込んだ。


「とりあえず仕舞っておこうよ。一応、餞別の品みたいだから」

「それはそうだが……怖いな」

「そうかな? 私は頼もしいけど」

「それはお前が……はぁ、止めて置こう」


 コージーはファインのリンへの信頼の高さに呆れてしまう。

 けれど批難しても仕方がない。

 それがファインと言うNPCとしての人間性で、受け入れるしかないと悟ると、とりあえず買い物を進めることにして、アメリアを出てムーンレスに向かうのだった。

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