第36話 ムーンレス?

「大丈夫か、剣の勇者!」

「しっかりしろよ、ブレイン」

「頑張ってね、しっかりしてね」


 ブレイン達、剣の勇者パーティーがタンカに乗せられ病院へと運ばれていく。

 その姿を脇目に見届けると、シャープは地図を用意してくれた。

 指で指した緑の一面。そこがムーンレス草原らしい。


「ここですよ、ムーンレス草原は」

「「ここが?」」


 結構規模感があった。

 コージーとフィアンは圧倒されると、唖然としてしまう。

 流石に見つかるかどうか。骨が折れそうで危惧してしまう。


「マズいぞ、この規模感は……」

「で、でもなんとか、なんとかできそう?」

「うーん、頑張ってみるか。ありがとう、シャープ」


 地図を用意して説明してくれたシャープにコージーは感謝をした。

 ギルド職員だから当然。そうは思ってはいけない。

 けれどシャープはにこやかな笑みを浮かべると、ペコリとお辞儀をした。


「いえ、これくらいは当然ですよ、コージーさん」

「当然って、急に用意して貰ったんだぞ?」

「そうですよ、シャープさん。誇りましょう!」


 ここでもファインは元気一杯だった。

 シャープのことを全力で褒めると、まんざらでも無い表情を浮かべる。

 顔色がにやけると、「ふふっ」と赤らめた。


「ありがとう、コージーさん、シャープさん」

「こちらこそです。それより、ムーンレス草原に行けば、いいんですよね?」

「それはそうですね。ですが……」

「時間だな」


 コージーはポツリと呟いた。

 正直、問題になるのはここからだ。

 場所、敵、ある程度情報は伝わるが、それ以外に見なければいけないことがある。


 問題は時間だ。ブレイン達がムーンレスに行った時間。

 それは真夜中で、もしもバグモンの出現条件が時間に絡んでいるのなら、マズいことになる。


「時間?」

「徹夜になるかもしれないってことだ。さて、一度帰って支度を……」


 コージーはひと眠りすることにした。

 午前の疲れを取るため、急ぎ宿に戻ろうというのだ。

 けれどファインはコージーの腕を掴みと決して離さない。

 流石にここまで構っては欲しくなかったが、ファインの口から衝撃的な言葉が飛び出す。


「コージー君、ムーンレスまでは今から行かないと間に合わ無いよ」

「……はっ?」

「だから、今から行くんだよ。ムーンレス草原、ここからかなり遠いから」


 コージーは信じたくは無かった。けれどファインの顔は真顔だ。

 如何やら嘘を付いている様子は何処にもない。

 マジかと思いシャープに視線を預けると、コクリと首を縦に振る。


「マジですか?」

「うん、こんなことに冗談言っても仕方ないでしょ?」

「……マ・ジ・で・す・か?」

「だからそう言っているでしょ?」


 ファインは決して曲げてはくれない。

 コージーは顔色が青ざめると、膝から崩れそうになった。

 流石に事態が深刻化する前に一度ゆっくりとした休息が欲しかった。

 けれどそんな暇は与えて貰えそうになく、コージーは嘆くこともできない。


「気を付けてくださいね」

「気を付けてって、完全に他人事だな」

「他人事ではありませんよ。ですが私達は戦えませんから」

「まあそうだけどさ……頑張るしかないか」


 落胆を付いてしまい、頭を悩ませる。

 そんなコージーの手を掴むと、ファインはブンと掲げた。


「イェイ! それじゃあ頑張ろう。みんなのためにも、ブレイン君達のためにも、絶対に負けないよ」

「当り前だ。負けたら死だと思え」

「うっ、それは言わないでよ。忘れようとしていたのに……」


 コージーはファインの心をグサリと突き刺してしまった。

 痛みを負ったせいか、現実に引き戻されそうになる。

 それだけバグモンは危険極まりない。

 コージーはいざとなれば逃げられるが、ファイン達は無理なのだ。


(やるしかないな……勝てるかじゃなくて、勝つしかないな)


 コージーとファインは気持ちが昂っていた。

 負けるなんて気は一切しない。むしろ勝つことを絶対の信条にしていた。

 そのおかげか、シャープ達から熱い視線を感じ取る。


「頑張ってくれよ!」

「俺達は敵わないからな」

「お願い、剣の勇者様のためにも」

「頼んだぞ。絶対生きて帰って来いよ」


 その中ではフラグのようなものも飛び交った。

 コージーは表情を濁してしまうと、渋い顔色になる。

 眉根を寄せ、額に皺を作る中、ファインは意気揚々としている。

 背中からは妙な不安が過っているようで、今にも押し潰されそうだった。


「頼みますよ、コージーさん」

「分かっている。できることはする」


 そう言い残すと、コージーも適当な準備をしてからムーンレス草原に向かう。

 その足取りは未だに重く、余計な不安まで過りそうで仕方がなかった。

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