第35話 剣の勇者の譫言
「ブレイン君、みんな、大丈夫!?」
「ううっ……がはっ!」
ファインがブレイン達に声を掛けると、頭に響いたのか、ブレインは嗚咽を漏らした。
それから胃の中を引っ繰り返すように吐瀉物を吐き出し、黒い塊を冒険者ギルドの床に撒き散らした。
「うわぁ!?」
「な、なんだ、なんだなんだ」
「汚い……でも、これヤバくない?」
「は、早く病院に連れて行けよ。そ、そうだ、医者だ! 誰か医者を呼べ」
冒険者ギルドが一瞬で雰囲気を変えた。
パニック状態に陥ると、冒険者同士、ギルド職員同士で慌て出す。
「ど、どうしよう、コージー君!」
「少し黙ってくれ。これは……」
ファインも当然慌てていた。それもそのはず、知り合いが危機的状況に陥っていれば、誰でも慌てるはずだ。
けれどコージーはこの状況下で冷静だった。
本当は見たくもない吐瀉物をガン見すると、黒い塊が蠢いたように視界でモザイクを起こした。
「やっぱり、こいつはバグだ」
「ば、バグ? バグって確か、コージー君がたまに口にする?」
「そうだ。正直、ブレイン達をやったのはバグ……しかも強力なバグモンの仕業だな」
コージーは頭の中に姉がくれた情報が犇めく。
アメリアの周辺には一際強力な力を持つバグの気配があった。
おそらくそいつに出遭ってしまったのだろう。ご愁傷様、と憐れむ気持ちを掲げつつ、コージーは苦悶の表情を浮かべる。
「一体どんな奴に……」
「やられたってこと? そんなの後だよ。今大事なのは、ブレイン君達の怪我!!」
ファインは誰よりも仲間想いだった。
そのおかげか、ファインは自分を嫌っていたブレイン相手にも優しく接する。
ソッと手をかざし、魔法を掛けて治そうとする。
けれどファインが魔法を使おうとすると、容易く弾かれてしまった。
「ヒール! あ、あれ? うわぁ」
ファインは指先が黒い何かに触れた。
バチンと弾かれると、指の先が真っ赤に張れている。
ダメージを受けてしまったようで、ファインは放心してしまう。
「ど、どうして? どうして、私の魔法が……」
「それだけ強力なバグってことだ」
コージーはファインに説明した。
強力なバグはそれだけ乱れている。
強い意思を持っていて、NPCでは到底突破できないのだ。
「それじゃあ私達にはできることはないの!」
「落ち着け。そう慌てるな。まだ死んだわけじゃないんだ……まあ、慌てるなって言うのは無理だな。ごめん」
コージーは自分で言っておきながら無理な話だと気が付いた。
だからだろうか。ファインの気持ちを汲み取ることにする。
今できること。ブレイン達の身を案じ、今何をするべきか悟るのだ。
「ブレイン達のバグはその内良くなる。問題は次の被害者が出るかだ」
「つ、次の被害者!?」
「ああ。実際この様子だと、ブレイン達は敗北。逃げ帰って来たのがオチだな。賢明な判断だが、まだバグは、バグは野放しになっている最中だ」
コージーが懸念していたのは、被害の拡大だった。
相手がブレインだから良かった。全力で仲間を守り抜こうとしたのか、重症なのはブレインだけ。
他の仲間達はボロボロではあるが、まだ体は動ける。とは言え気配は微弱で、弱々しいのは確かだった。まともな会話はできそうにない。
「糞っ。せめて場所と相手の姿が分かれば」
コージーは苦言を呈した。
怒りを押し潰して苛立つと、不意にか細い声が聞こえた。
まるで譫言のようで、如何やらブレインが口走っていた。
「ムーンレスの黒い騎士……」
「ムーンレスの黒い騎士? ブレイン、今なんって!」
コージーはブレインの胸ぐらを掴みそうになった。
とりあえず喋られる余裕はある。それだけは確かなのだ。
嬉しいと哀しいの反面が反発し合う中、ファインはコージーを制止させ、ブレインに語り掛ける。
「ブレイン君、大丈夫?」
「その声は、ファインか……はっ、お前に心配されるなんてな。情けないぜ」
「そんなことないよ! ブレイン君がいたからみんな無事だったんだよ。だからブレイン君も死んじゃダメだよ!」
「ふっ、当たり前……だろ。ぐはっ!」
ブレインは頷き返すと、再び苦しみ出した。
体の中でバグが暴れ回っているようで、NPCの体を汚染しようとしている。
このままだとマズい。コージーは悟り、急いで元凶を潰しに行くことにした。
「俺は今からそいつを倒しに行く」
「今から!? ……私も行く」
「ファインもか? 流石に危険だ。相手は並みのモンスターじゃない。超強力なバグモンだ」
コージーはファインの行動を懸命に止めようとした。
自ら死への道を歩むのは止めないといけない責任がある。
そう思ったコージーだったが、ファインの意思は固く、決して曲げようとしない。
「それでも私は行くよ。だって私も勇者だから!」
「ファイン……そうか。それなら好きにしろ」
「うん、好きにさせて貰うね」
ファインは頷き返し、笑みを浮かべていた。
これを呑気と捉えるか、それとも勇気あると捉えるかはコージー次第。
しかしながらコージーは、ファインを心配していない。
何故なら心配無用だと気が付いているからだ。
「ところでファイン、ムーンレスって何処だ?」
「えっと、何処だっけ?」
コージーもファインも肝心なことは分かっていなかった。
ムーンレス、それが何処で何かは分からない。
先行した気持ちだけが空回りをすると、呆然と立ち尽くすのだった。
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