第33話 黒い塊、その名はバグモン
「ファイン、後ろ!」
「後ろ? な、なにこれ、きゃっ!」
ファインに飛び掛かった黒い塊。
振り返ったファインは突然のことに怯えると、後ろ向きに倒れそうになった。
コージーはその姿を見定めると、ファインに警告を促しつつ、鞘から引き抜いた〈蛇腹鋼刃〉で反撃する。
「それっ!」
〈蛇腹鋼刃〉は蛇のようにうねると、黒い塊目掛けて向かって行く。
鋭い斬撃。喰らえばひとたまりもない筈だ。
しかしコージーが放った攻撃は黒い塊に触れると、ギシギシと音を立てて、目に見える乱れを生じさせた。
ボヨーン!
黒い塊はコージーの攻撃を受けてファインから離れた。
地面に落下し、再び目に見える乱れを起こす。
まるで砂嵐のようで、ザラザラとした音がグルリと回っていた。
「くそっ、仕留め損ねたか」
コージーは苦言を呈する。
ファインを気遣い過ぎた結果、コージーの攻撃が黒い塊の芯を掴み損ねた。
そのせいもあり、コージーの攻撃は掠り傷程度に終わり、黒い塊は無事なままだった。
「ありがとう、コージー君。このモンスターなに?」
「気を付けろファイン。お前がそれに
「の、飲まれる? こんなに小さなモンスターなのに?」
ファインは黒い塊を小さなモンスターと思って舐めていた。
しかしコージーはそんな可愛い相手じゃないことを知っていた。
目の前のそれ。動きから察するに、完全にバグモンだった。
(バグモンか……予想はしていたけど、面倒だな。でも、潰すしかないか……リアルタイム・デバッグ・プログラム作動)
コージーは無言のままシステムを起動させた。
今からバグの塊、バグモンを倒す。
そのためにできることをしようと、楓の木から急いで飛び降りると、コージーはバグモンの前に立ちはだかった。
「よっと」
「こ、コージー君大丈夫!? い、今、木の上から落ちて来たけど、怪我して無いの?」
「怪我は大丈夫。それよりファイン、少し下がって。こいつは俺がやる」
コージーはファインを下がらせた。
しかしファインも勇者としての使命感からか、それともコージーを気遣ってなのか、剣を構えて前に出ようとする。
コージーはそれを見るや無言の圧力を掛けた。
何も言わずに目で射殺すと、ファインは只事ではないと察して半歩下がる。
「ありがとう、ファイン。これで戦える」
「気を付けてね、コージー君。事情は分からないけど、いざとなったら私を頼って」
「そうだな……(そこまで後れを取る気はない)」
コージーはファインからの声援を浴びると、黒い塊へと〈蛇腹鋼刃〉を突き付ける。
形が変わる前なら容易い相手だからだ。
だからだろうか。コージーも一応の用心はしつつも一撃で決めることを決め前に出ると、剣を振り下ろして黒い塊を一刀両断した。
「今からバグを取り除く。そらぁ!」
コージーの振り下ろした剣は確かに黒い塊を一刀両断した。
けれどそれは見えていただけの建前。
コージーが振り下ろした確かな感触は、黒い塊に通じていなかった。
むしろ、高い硬度の何かに阻まれると、黒い塊はコージーを煽るように無事な姿を見せつける。
「な、なんだ!? まさか、もう成長するのか」
「成長?」
コージーは危惧していた。バグモンはバグの中でも意識を持っている、いわゆる生き物と同じだ。
その根本は邪悪なAI。つまり人間と同じで成長をする。
ラーニングと呼ばれる仕様で、黒い塊=バグモンはその姿形を微かに変えた。
「ギリリリリィ」
バグモンは黒い塊のままだった。
けれど黒い塊の中から今にも折れそうな枝が伸びる。
まるで腕のように力強く動くと、哺乳類に当たる手の部分が、そのまま鋭い剣に変わり、コージーの攻撃を受け止めた。
「俺の剣をラーニングしたわけじゃなくて、適当に腕を剣に変えたって訳か……だけど」
コージーは決して臆していなかった。
いくらバグモンがラーニングして成長の幅を見せようが、コージーには決して届かない。
〈蛇腹鋼刃〉を叩き込むと、細い枝の腕は複雑な関節部がボキボキと音を立てて折れる。
「ギリリリリィン!?」
「悪いけど、俺は本気出してない」
「ギリリィ!?」
「単純にパワーで押し切る」
今のバグモンは、ただの黒い塊から剣が飛び出ているだけの存在。
その体重は軽い中でも特別軽い。体重差でコージーの勝ちだ。
絶対に体重負けすることは無く、今の所はバグモンも力の受け流しは無い。
つまりコージーが負ける要因は一切無く、そのまま剣を押し通すだけで、バグモンの体に剣身が到達した。
「終わりだ!」
コージーはそのまま勢い任せにバグモンの芯を掴む。
無数に浮かび上がる、文字化けした世界。
視界に映り込むものの、砂嵐と一緒に攫われていくと、バグモンを構成しているバグが除去された。
「ギリリリリリリリリリリリィ!!」
バグモンは最後に断末魔を上げる。
生き物の最後の絶叫のようで、耳奥の鼓膜まで到達する。
劈くようなもので、奥歯を噛み締めるコージーも嫌悪感を通り越し、むしろ申し訳の無い罪悪感さえ感じてしまった。
「終わったか……」
「コージー君、大丈夫? なんだか疲れているよ?」
ファインはここまでの光景を全て見届けていた。
コージーがバグモンを倒した瞬間、全身から汗が流れ、肩で息をしていたからだ。
それだけの相手と言うこと、疲労を伴う戦闘を繰り広げていたので、ファインは労いたい気持ちになったのだ。
「疲れてる? 確かに疲れているかもしれないが、別に疲労は無いぞ」
「疲労じゃないなら、精神的?」
「それはあるかもな。あれは心身に堪える」
バグモンはバグそのものだ。
凄まじい情報量の塊だが、それ自体が壊れている。
そのせいもあり、倒すと同時に圧倒される情報量に襲われ、疲労を伴ってしまうのだ。
「だからファインは戦わない方が良かったんだ」
「あのモンスターがなにかは分からないけど、コージー君がそう言うってことは、よっぽどの相手ってことだよね?」
「そうだな。とは言え、あれが大量発生するとマズい」
「確かにあんなに小さいのに強かったもんね。私もいざとなれば戦うけど……戦いたくは無いよね!」
ファインの言う通りだ。バグモンはただのバグじゃないから戦いたくはない。
それならまだ既に存在しているものに憑りついてくれている方が楽なのだ。
「一旦戻ろう」
「そうだね。冒険者ギルドにもこの事実を伝えないといけないもんね。依頼も無事に終わったから」
「それもそうだな。早く飼い主に返してやるぞ」
コージーは一汗掻くと、額を拭った。
ファインも依頼を無事に達成でき満足した様子だ。
お互いに一つずつ目的を果たすことができると爽やかな気分になるが、それでも密かに近付く嫌な感覚に襲われるのは無理もなかった。
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