第32話 小鳥を捕まえた

「うわぁ、これが楓の木?」

「高くね? えっ、五~十じゃなくて、えっ?」


 コージーとファインは茫然と見上げていた。

 目の前に生えているのはお目当ての楓の木。

 しかしコージーが思っていた現実の楓の木とは全然違う。

 何を隠そう、高さが桁違いで五十メートルはあった。


「うわぁ、ここに小鳥がいるのか? 相手はカナリアだぞ」

「うーん、いるはずなんだけど、見当たらないね」

「まさかとは思うけど、逃げられた?」

「えっ!? それって絶対私のせいだよね……ごめんなさい」


 コージーは悪気があって言ったわけじゃない。

 けれどファインはこうなったのは自分のせいだと悟っていた。

 理由は単純。メイク・ア・ロードを使ったせいで、地響きが起きていた。

 びっくりしてしまったせいで、逃げ出してしまった可能性があったのだ。


「別にファインのせいじゃない。それにまだ分からないだろ」

「そうだよね。よしっ、私登ってみるよ!」


 ファインは気を取り直して木に登ろうとする。

 指を楓の木の樹皮に張り付け、足を掛けて登ろうとする。

しかしコージーはファインのスカートが捲れた瞬間、悟ってしまう。


「待った待った。ファインは登らない」

「えっ、どうして?」

「少しは自分がなにか考えろ。俺が登って見て来るから、そこでジッとしてて」


 コージーは自分の意思でラッキーパンチを捨てた。

 ファインを楓の木から遠ざけると、高さ五十メートルはある楓の木を登っていく。


 ズルッ!


「うわぁ、滑るな」

「気を付けて登ってね、コージー君。落ちたらひとたまりも無いよ!」

「分かってる。はぁ、スカートは良いんだけどさ」

「ん? スカート? ……私、下にスパッツ履いてるのに」

「それは先に言えよ! うおっとっと」


コージーはファインの衝撃の一言に反応して、叫んでしまった。

 その拍子に木から落ちそうになる。

 けれど何とか踏ん張ると、ファインが下に見えてもいいようにスパッツを履き、誰にも美味しくない展開を用意していたことに腹を立ててしまった。


「ったく。女勇者って旨味のあるポジションなのに、それは無いって。まあ、俺には関係無いんだけどさっ!」


 コージーはなにも気に病むことがなくなったので、素早く木登りをした。

 一瞬のうちに高さ五十メートルもある楓の木を登っていく。

 てっぺんまではまだまだ。けれどコージーは僅か七メートル付近に伸びた枝で、小鳥の声を聞いた。


「今のは……あっ、見つけた!」

「コージー君、見つけたの? 青いカナリアだよ」

「ああ、確かに青いカナリアだ。おまけに首には赤いリボンが巻いてあるけど」

「その子だよ。その子がメルメームちゃん!」


 如何やらカナリアは本当に居た。

 逃げ出していなかったのは確かな救いで、コージーはホッと胸を撫で下ろす。


 とは言え見つけたはいいものの、ここで警戒されるとマズいことになる。

 翼は怪我をしていないので悠々と飛べる。

 そうなると空に逃げられる。そうなれば全部が水の泡。

 慎重に枝に跨ると、コージーは息を殺す。


(あれを使えば早いんだが……)


 コージーは使いたいスキルがあった。

 けれど今は使えないのでここは大人しく手を伸ばす。


「ジッとしてろよ」


 カナリアは羽を繕っていた。

 枝に立ち止まったまま動き気配はない。

 今なら捕まえられる。そう思って後からソッと指を伸ばすと、カナリアの体が指の間から擦り抜けた。


「ヤバい!? ファイン、カナリアが逃げた……あっ!」


 カナリアはコージーが捕まえる手前で逃げ出した。

 翼をはためかせて空を飛び、羽をバサバサと動かすと、楓の木から飛び出す。

 せっかく捕まえられる機会を逃した。

 不注意をしたつもりは無いが自責するコージーに、ファインは勇気付ける魔法をくれる。


「大丈夫だよ、コージー君。この距離なら……かの者を捕らえるは強靭なる投網—キャスティング・ネット!」


 ファインは再び詠唱を行うと、巨大な網が出て来て、投網の要領で飛んでいるカナリアを捕らえる。

 本当に一瞬の出来事。流石に見逃してしまいそうで、瞬きをする余裕すらない。

 そんな一瞬の時間を切り取ったかに見えたファインは、カナリアを捕獲すると、投網を回収してカナリアの無事を確かめている。


「ごめんね、メルメームちゃん。怪我はしてないよね? よかったぁ。コージー君、メルメームちゃんは大丈夫そうだよ」

「そうか。それはよかった……最初からそれでよかったんじゃないのか?」


 コージーは腑に落ちなくて仕方がない。

 不満を抱いた表情を浮かべ、眼下でピースサインを向けるファインから目を逸らす。

 

 とりあえずカナリアは無事に捕まえられた。

 後は例の黒い塊に出遭えれば万々歳。

 

 コージーはようやく噂の本題に入れそうでワクワクしていた。

 しかしファインは既に終わった気でいる。

 これはこのまま帰る方向だ。功労者のファインを見下ろすコージーは一旦木から降りようとする。すると視線の端に異様なものを捉えてしまった。


「なんだあれ?」


 コージーは黒い塊を見つけた。

 それがファインの後ろに忍び寄っている。

 何だか嫌な予感がする。そう思ったコージーはファインに注意を促そうとするが、黒い塊は気配を感じ取ったみたいに動き出し、ファインを背後から狙って襲うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る