第30話 小鳥を捕まえるのは無理

 コージーとファインは依頼を受け、早朝から出かけていた。

 やって来たのは草原。

 見渡す限りの緑がそよ風に吹かれ、命を芽吹かせている。


 群生する一面の芝。

 見ているだけで心が洗われる気持ちになる。


 ボーッと意識を巡らせ、再び眠りがやって来る。

 コージーはウトウトしながら瞼を閉じようとするが、ファインの爆音が響いた。


「それじゃあ捜しに行くよ、メルメームちゃん!」


 コージーは耳を指で塞いでいた。

 おかげで鼓膜は守られたけれど、同時に首を捻った。

 聞き馴染みの無い、非常に言い辛い名前だったからだ。


「ファイン、メルメームってなに?」

「メルメームちゃんは、小鳥の名前だよ」

「小鳥?」

「うん、カナリアのメルメームちゃん。お家から逃げ出しちゃったみたいで、最後に目撃情報があったのが、この先の森なんだけど……コージー君?」


 そんな話聞いていない。コージーは唖然としてしまう。

 まさかとは思った。今の口振りを軽く整理し、コージーは納得の行く形で訊ねる。


「ファイン、まさか依頼って小鳥捜し?」

「うん。それじゃあ頑張ろうね」

「いや、無理だろ。普通に考えて」


 コージーはやる前から諦め、投げ出した。

 どうしようもない表情を浮かべると、視線の先を一望する。

 対してファインは納得できていない。

 驚いた表情に変わると、コージーに詰め寄る。


「どうして? コージー君がそんなこと言うの?」

「言うに決まってるだろ? だって、これ、無理だろう」


 コージーの視界の先に広がるのは広大な草原。

 加えて薄っすらと浮かび上がる森。

 もしも小鳥の姿があれば何か目に留まるはずだ。

 けれど朝日も相まってか、目が掠れてしまい、浮かび上がるのは影だけだ。


「なんにもいないぞ?」

「早朝だもん。仕方ないよ」


 確かに時刻は早朝だ。

 浮かび上がるのは影だけなのは当たり前。

 しかしコージーは面倒だと思っていた。

 あの森の中に入られれば最後、小鳥が見つかる可能性は絶望的に低い。


「うーん、草原には見渡す限りいないね。それじゃあ森に行ってみようね」

「森!? いきなり蛇の道に行くのか」

「蛇の道? 森なんて何処にでもあるでしょ? ほらコージー君、頑張って捜そうね」


 ファインはコージーの手を握った。

 絶対に逃がさないという強い想いを感じ取る。

 多分逃げだせば腕が折られる。いくらゲームの中とはいえ、痛いのは極力避けたいので、コージーは仕方ないとばかりに従うことにした。


「仕方ないか……」


 コージーは折れてしまった。

 ファインはにこやかな笑みを浮かべると、早速森へと出発進行。

 コージーも引っ張られるままに草原の芝を踏み荒らすと、突然全身をゾクリとする感触に襲われる。


「ファイン!」

「コージー君、今変な感じしたよね?」


 コージーが叫ぶと、ファインも嫌なものを感じ取り立ち止まった。

 周囲を警戒、しかし何もない。

 勘違いだろうかと、お互いの顔を見合わせるも、それ以降ゾクリとする感触には阻まれずに、森へと向かうのだった。



「今の感触……気持ち悪かったな」


 コージーはポツリと呟いた。

 すると隣では森の中の新鮮な空気を味わうファインの姿があった。

 全身を使って酸素を吸引し、スゥーハァースゥーハァーと音を立てる。

 とても心地の良いリズムで不快感は無く、コージーの視線が自然と向いた。


「さてと、それじゃあ捜しに行こう」

「そうだな。とは言っても、闇雲に捜しても日が暮れるだけ……」


 コージーは【気配察知】と【遠望】を発動した。

 森中に広がる生き物の気配を察知しようとしてみるが、流石に生き物が多すぎて難しい。

 大きな気配と小さな気配。二つが入り混じり、いくら追おうが話にならない。


 こうなればと思い、ズームを使って枝々を渡り歩く。

 小鳥なら小さな穴を巣に使っているはず。

 餌を求めて枝を歩くはず。

 そう思ったのだが、コージーのスキルを使っても全く見当たらなかった。


「ダメか……」


 コージーは姿形も分からない小鳥を捜すのは難しかった。

 そのせいもあり表情を訝しめると、システムを使ってみようとした。

 システムを使って検索すれば、特定のコードを打ち込めば、ここに小鳥を召喚して、一瞬で解決できると判り切っていたからだ。


(嫌々早まるな。流石にそんな真似したら、この世界の在処を変えることになる……ん?)


 コージーは思い留まり、指が震えてしまった。

 そんな中、ふと隣に視線を向ける。

 ファインが何か始めようとしていた。それが気になって仕方がない。


「ファイン、なにしてるんだ?」

「なにって、今から捜しに行くんだよ?」

「……ちょっと待って。まさかとは思うけど、足で稼ぐわけじゃないよな? 往年の刑事ドラマみたいな、探偵ものみたいなこと……なぁ?」


 コージーは不安になってしまった。

 流石にこの森の中を歩きまわるとなれば、相当の時間と労力を消費する。

 コージーはバグを探さないといけないので挙動不審になると、ファインはニヤニヤと笑みを浮かべる。


「ふっふっふっ……」

「な、なんだ急に? 怖いんだけど」

「怖く無いよ、これは健全だよ!」

「健全って言葉を吐くってことは、やましいことをするように聞こえるけどな」

「うっ、それは確かにそうかも知れないけど……でもこれは本当に健全なんだよ! 見ててね、私の魔法を見せてあげるから」

 

 ファインは堂々とした姿勢で、コージーに言い切った。

 人差し指を突き付けると、ニヤリと笑みを浮かべる。

 如何してこんなに自信満々なのか。そんなの決まっている。

 ファインが魔法学校の首席生徒だからだ。


「そう言えばファインって、魔法学校の首席だっけ?」

「現、首席だよ。それじゃあ見せてあげるね。私は勇者としては最弱だけど、魔法の腕なら……サーチ・エリア展開。サーチ・ライト、ソナー!」


 ファインは右手を天高くかざすと、魔法を発動させた。

 急に突風が起こったような騒めきが起こり、草木が揺れる。

 コージーも驚くものの、瞬きをする間に、ファインは目を閉じて小鳥を捜していた。


「お、おい、ファイン。今のって一体……」

「メルメームちゃんは、ここから十時の方向、そこから更に六時、二時、ポイントは楓の木」


 ファインはたくさんの情報を小分けにして呟く。

 情報源としては何を見ているのだろうか。

 本当にそんなものがあるのだろうか。

 コージーは疑心暗鬼になると、気が付かれないようにシステムを使って目星を付ける。


「楓の木、楓の木……一本だけある!?」

「そこだよコージー君。さっ、行こう!」


 いつの間にかファインは魔法を使い終わっていた。

 目星も付いたことで目がキラキラと輝いている。

 おまけに詰め寄られたことで圧迫感もあったが、コージーはシステム使用がバレていなかったことを確認すると安堵して、ファインを信じることにした。


「分かった。だけど目の前を突っ切るのは無しな?」

「あっ、やっぱりダメ?」

「ダメに決まっているだろ」


 コージーはファインの背後を指差す。

 そこは完全に森。しかも鬱蒼としている。

 こんな所を通れば無駄な怪我を負う。そう感じたコージーは妥協はしつつも、ファインを先導に遠回りをするのだった。

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