第29話 黒い塊の噂

 早くも四日目。

 コージーがこのプログラムによって構築されたゲームの世界に来て、それだけの時間を過ごしていた。

 しかしあくまでもそれはゲーム中における体感時間であって、現実のそれとは全く異なる。実際、現実ではまだ二時間も経っていなかった。


「ふはぁー……暇だな」


 コージーは背筋を伸ばして、軽いストレッチをする。

 あくまでも脳が見せる世界にもかかわらず、これだけ疲れるのは、相当この世界の情報量が多いからだろう。

 バグが蔓延しているとなれば直されで、負荷も尋常ではなかった。


「眠そうだね、コージー君」


 ふと声を掛けて来たのはファインだった。

 いつもの格好に加えて、髪をとかし、軽くゴムで縛っていた。

 ゆるりとした印象にコージーはなにも思うことは無かったが、とりあえず口だけは動いていた。


「おはよう、ファイン」

「おはよう、コージー君。……よく眠れた?」

「眠れたかと聞かれれば寝てない」


 コージーは正直に体調の不良を答えた。

 ゲームの中とはいえ、その時々で体調は変化する。

 あまりにもリアルな仕様に関心とうんざりが交差しようとする中、ファインはそんなコージーに申し訳なさそうな素振りを見せる。


「そっか。それじゃあ悪かったかな?」

「なにが悪かったんだ? まさか昨日のことをまだ引き摺っているのか?」


 コージーは、ファインがブレインとの一件を未だに引き摺っていると思った。

 実際、勇者同士のやり取りに、コージーが巻き込まれたのは本当のこと。

 自分から首を突っ込んだのだから、責任の八割はコージー自身にあるのだが、律義にもファインは申し訳の無さを感じていた。


「もう終わった話だ……と言って、簡単に終わる話じゃないんだろうけど、俺はそんなに気にしてない。むしろ面倒事が一つ終わってラッキーって感じで……」

「あっ、そうじゃなくて」

「それじゃないのかよ!」


 コージーはせっかくムードを作ったのに、ファインにポイっと捨てられてしまい躓いた。

 転びそうになるなど、オーバーなリアクションを取ると、ファインはこのボケとツッコミが分からないようで、首を捻っている。

 完全にボケもツッコミも殺され、頭を痛くするコージーだったが、ファインの話の続きを待った。


「じゃあなんの話だよ?」

「えっと、コージー君には凄く悪いと思っているんだけど、勝手に依頼を受けちゃったんだ」

「依頼? ああ、別に良いんじゃないか? 俺が受けた訳じゃないから、一人で勝手に行けばいいと思うけど」


 コージーは冷めていた。

 あまりにも冷たい対応に、ファインは心細くなったのか、太腿をピタリと付ける。

 まるでコージーを待っているようで、チラチラと視線を感じて仕方がない。


「ま・さ・か・ね?」

「えっと、その……一人じゃ心細いです!」


 ファインは全く隠す気も取り繕う気も無かった。

 それだけコージーのことを信頼しているらしい。

 しかしコージーは動き辛い。

 バグの脅威はまだ蔓延っていて、情報が無いのも無いのだ。


「せめてバグが見つかれば……」

「それでねコージー君、今回受けた依頼なんだけど、一つ気を付けて欲しいことがあるんだ」

「気を付けて欲しいこと? なに、まさか面倒系?」


 コージーは一瞬にして肩を落とした。

 ファインの口振りを見るに相当の厄介ごとが待っている予感。

 コージーは気を引き締めようとすると、ファインは頬を掻いた。


「それは分からないけど、最近怪しい黒い塊が現れるらしいよ」

「……なに、そのUMAみたいな話」

「UMA? なに、それ。コージー君って、たまに変なこと言うよね」

「ごめん」


 この世界の人達にはUMAなんて言葉通じる訳がない。

 コージーはファインに馬鹿にされてしまったが、自分が悪いと諫める。


「謝らないで、コージー君。コージー君にもなにか事情があるんでしょ?」

「なんだ、気付いてたのか」

「もちろん気が付くよ。コージー君が、バグ? って言うのを探しているんでしょ? ってことは、黒い塊の正体もバグなのかな」

「あっ!」


 コージーはピンと来た。

 そう言えば前に黒いスライムがバグだった例がある。

 そうともなれば、今回もその可能性は出て来た。

 黒い塊、探してみてもいいかもしれない。


「仕方ない。行くか」

「えっ、本当に一緒に来てくれるの? やったぁ!」


 ファインはコージーの言葉に歓声を上げる。

 何故喜んでいるのかは分からない。

 かと思ったのも矢先、コージーは嫌な予感が膨れ上がる。


「まさかとは思うけど、男女ペアじゃないと受けられない依頼とかじゃないよな?」

「えっ、そんな依頼は受けていないけど」

「受けてないのかよ! まあ、男女ペアでも俺は動じないんだが……ツッコんで損した」


 コージーは盛大にツッコミを入れて、少しでも暇つぶしになればよいと思っていた。

 しかしまたしてもスカに終わってしまい、残念ながらコージーは簡単に煽られる。

 とは言え、黒い塊は本物だろう。信じてみることにして、ここは気持ちを落ち着かせることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る