第28話 姉へのメッセージ

「はぁ。今日は疲れた」


 コージーは安っぽい硬いベッドの上に寝転がっていた。

 仰向けのまま頭の上で腕を組み、ボーッと天井を眺める。

 知らない染みが付いており、コージーは茫然と目で追った。


「まあいいか。バグは一つ消えたからな」


 兎にも角にもバグは一つ消えた。

 ファインがブレインの心の淀みを消してくれたおかげだ。

 バグが消えたことを改めて確認するため、コージーはシステムに介入してみると、ほくそ笑んでしまった。


「ふっ。やっぱりか」


 バグが一つ取り除けたのをこの目で確認した。

 プログラムが順調につまりなく働いてくれている。

 それなら好都合。コージーはログアウトする口実を手に入れた。


「とは言えまだまだ夕飯までは時間があるからな。さてと、どうするか」


 コージーはまだバグを取る暇があった。

 とは言え、次のバグも向こうからやって来てくれるとは限らない。

 心境はギクシャクし、不気味な表裏一体が生まれると、コージーの口から溜息が零れた。


「とりあえず、姉ちゃんに報告だな」


 コージーは早速メッセージを開く。

 フレンドの欄から姉のアカウントを見つけ、メッセージを送ってみた。

 見てくれるかは正直不明。

 けれど報告の一つくらいはしても良いだろうと判断したのだ。



[姉ちゃん、バグを一つ取ったよ。

 なんかこのプログラムの世界には勇者って言うのが居て、そのうちの一人がバグってた。

 具体的に何がって言われると難しい話だけど、とにかく性格が終わってた感じかな。

 正直、普通のバグを取るとかとは訳が違う気がする。正直情報も足りないから、もう少し洗ってみるよ

 ——使い勝手のいい弟より]



 コージーは自分で書いたメッセージに落胆してしまった。

 これだと完全に自分が姉の尻に敷かれていることを認めているみたいだ。

 けれどそれは紛れもない事実で、考えるだけで表情の色が褪せた。


「使い勝手のいい弟……か」


 コージーは自分の俗称に頭を悩ませる。

 開いていたメッセージを書き直すべきかと思い、唇をギュッと噛む。


「ここは少し反発だ」


 コージーは意を決して反撃に出ることにした。

 メッセージを少し書き足して、書き直して送りつけることにしたのだ。



[P.S.姉ちゃん、このプログラムの世界マジでヤバいんだけど。俺の精神の方が削れて辛い。

 ——最悪NPCを殺ってしまうかもしれない弟より]



「こんな感じか……流石に狂気過ぎ?」


 コージーは今の心境を短い文章で綴った。

 正直に言えば、ここまでの数日で、この世界が普通と違うのは把握済みだ。

 手に汗握る感触よりも、手と汗で生き物の命を奪っている感触の方が強い。

 今にも精神が吹き飛びそうな中、コージーは心臓の部分を押さえた。


「まあ、俺はそうはならないんだけどな」


 自分で自分にフラグみたいなことを言ってしまった。

 けれど本気でそんな真似をする気はない。

 この世界で生きているNPC達に、深入りしてバカみたいなことをするのはナンセンスだ。


「姉ちゃんも分かっているはず。はぁー、にしても厄介なバグだ」


 コージーはブレインに憑りついていたバグの厄介さを感じ取る。

 如何にもこの世界のバグは相当根深いらしい。

 パソコンで睨めっこするのとは訳が違い、まるで生き物のように蔓延っていた。

 

今回はたまたま表に露出しただけだ。

無いとは言い難いが、激ヤバなAIを搭載した成長型のバグとなれな戦闘は避けられないだろう。

コージーは我が身大事になると、軽く身震いを起こした。


あの姿になるのも・・・・・・・・近い・・のか? 流石にあれはな……」


 コージーは奥の手を考えていた。

 けれどできれば使いたくはなかった。

 ギュッと唇を改めて噤み直すと、コージーは体から力を抜く。


「まあいいか。俺はゲームデバッカーのバイト。なにかあれば、もっと凄い人が動くはずだ」


 コージーは責任感を感じるのを辞めた。

 いざとなれば如何にでもなる。

 そんな面持ちを委ねると、ベッドから起き上がり、メッセージを送信する。


「とりあえずこれでよしっと。後は姉ちゃんから教えて貰ったバグの在処だけど……ブレインのことじゃないんだよな? 一体何処に」


 コージーとファインが取り除いたバグとは違うバグがまだ潜んでいる。

 しかもブレインに憑りついていた物よりも大きな反応。

 そうに違いないとコージーは経験則から睨むと、〈蛇腹鋼刃〉を取り出した。


 シュン、シュン!


 コージーは〈蛇腹鋼刃〉を振り回す。

 まるで鞭のように、蛇腹剣の部分がのたうち回る。

 蛇のような狡猾さ。何処までも狙い澄ますような形相。

 壁打ちみたいなエア技を見せると、コージーは鈍っていないことを確認した。


「最悪倒すしかない。それが例えNPCであったとしても」


 コージーは責任感を抱いてはいなかった。

 けれどやるべきことは見えていた。

 だからだろうか。強い力を感じ取ると、変に筋肉が固まる。


 〈蛇腹鋼刃〉は鋼に飢えていた。

 強者に飢えている訳でもなければ、安らかな日々を求めている訳でもない。

 そんな詩人のような感情が部屋の中を充満すると、コージーは嫌悪感を示す。


「ダメダメ。こんな空気、俺は嫌いだ」


 そう言うと、一人部屋を後にすることにした。

 まだ時間はある。この世界の一日を終える前に、コージーは腹を満たすべく街へと向かうのだった。

 その足取りは軽やかに見えたが、何故か重く、嫌な予感にも似た何かを、ひっそりと勘付いているようでもあった。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ここまででどれだけの人が読んでいただけたでしょうか?


 ついに前半戦を乗り越えました。

 ざまぁも達成し、後はバグ退治です。


 女勇者=ヒロインが、主人公のことを信頼する王道展開。

 かつ、ここからお互いの本気が垣間見える。

 この章、と言うよりこのお話では、主人公とヒロインの共闘は少しあっさり目ですが、それでも上手く描けたと思うので、最後まで読んでくれると最高です。


 これからも投稿を続けていきます。

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 レビューを頂けたら尚のこと嬉しいです。

 

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