第27話 剣の勇者が怪我をしちゃった

「酷い目に遭ったな」

「そうだね。でも、私はコージー君のおかげで助かったよ」

「俺は別になにもしてないけど」


 コージーとファインは街中を歩き回っていた。

 ブレインとの騒動に一区切りを付け、街行く人達の間を縫って、無事にその場を後にした。

 そのおかげか、ファインとブレインの本気の殺し合いを知らない人の群れに合流し、流れに沿って泳ぐ魚の気分になれた。


「それにしても、ブレインだっけ? あの性格はどうなんだ」

「あはは、ブレイン君にも色々と事情があるんだよ」

「ファインは知っているのか?」

「うーん、ブレイン君も詳しくは話してくれなかったからなんとも言えないけど、ブレイン君の姓って、お母さんのものなんだって。それで……」

「あー、なんとなく察した」


 コージーはファインの言葉である程度の察しが付いてしまった。

 如何にもブレインのあの態度や性格を鑑みても、勇者の称号に傷が付くのは、相当な痛手になってしまうのだろう。

 その正体を勘繰ろうとは思わないが、恐らくは家柄にある。

 いくらプログラムの中とはいえ、西洋風の造りから察して、貴族社会も取り入れているに違いないと想像ができた。


「面倒だな、家柄って」

「うん。私、貴族階級の家柄じゃなくて良かったと思ってるよ。おかげでコージー君にも出会えたから」

「それは結果論」

「ふふっ、そうかもね」


 ファインは楽しそうに笑みを浮かべた。

 コージーは柔らかいファインの表情を間近で見届けると、少しだけ心が軽くなる。

 これがいわゆる“恋”? かと言われれば別にそんなことも無く、隣で少女に泣かれると、周りからの冷たい視線が飛んできそうで怖かっただけだ。


「でもねコージー君、ブレイン君の話をしちゃうけどいいかな?」

「別にいいけど、なんだ?」

「私ね、ブレイン君に怪我をさせる気は本当に無かったんだよ。手もかなり抜いてちょっと当てる程度だったんだけど、どうしてブレイン君はあんなに苦しそうだったのかな?」


 ファインはブレインがあまりにも苦しそうな表情を浮かべていたことに、内心では疑問を抱いていたらしい。

 それもそのはず、当の本人は怪我をさせないことを前提に立ちまわっていた。

 あの状況下では少しくらいの痛みは覚悟しているはずだが、ファインはその中でも最善の行動——選定の剣の内、面の部分に力を加えず叩き付けただけで、殺傷能力は一切持っていなかった。


 とは言え、選定の剣は所詮は剣。

 あたれば当然痛いから、一時的に胸を押さえるのは分かる。

 けれどうつ伏せになって起き上がれず、回復ポーションを飲んで汚物を吐き出すまで痛みが広がるとは考え難い。否、ほとんどのケースでありえなかった。


 特殊な反撃能力が選定の剣に付与されてもいない。

 ファイン自身、勇者の能力も一切使っていない。

 となれば疑問だけが残り、ブレインの苦しむ姿に不信感さえ抱いてしまう。


「私ね、実は最初ブレイン君がわざと苦しんでいるのかと思ったんだ」

「マジ? ファインがそんなこと思うなんて」

「だってブレイン君、私のこと嫌いな筈だもん。私に意地悪してるのかなって思っちゃったんだ。でもね、本気で苦しんでいるブレイン君の姿を見てたら演技じゃないって気が付いて、それで私、思いっきり泣いちゃって……取り返しのつかないことをしちゃったって思って、私、私ね」

「ああ、泣くな泣くな。もう終わった話なんだから」


 ファインは思い出し泣きしそうになっていた。

 そんな姿を見つけると、コージーはファインのことを手早く宥める。

 それから頭の中を掻き回し、ファインが気になっているであろうことをズバリと言い当てた。


「つまりファインが気にしているのは、ブレインが苦しんでいた理由ってことでいいんだよな?」

「そうだよ。そうなんだけど、私にはさっぱり見当も付かなくて。コージー君なら、なにか分かる?」

「俺に言われても……まあ、なんとなくの予想はできるけど」


 コージーはある程度確信を持っていた。

 その証拠はブレインの腕を掴んだ時にある。

 そのことを胸の痛みに置き換えてみると、不可解なものの理解はできた。


「コージー君は分かるの?」

「多分、ブレインは骨が脆いんだよ・・・・・・・

「骨が脆い? ブレイン君が、まさか」

「いや。ブレインの腕を掴んだ時、骨がポキッって鳴ってたからな。あれが勘違いじゃないとすれば、まず間違いなく、ブレインは骨が脆い」

「そうだったんだ。私、全然知らなかったよ……でもあれ?」

「そうだよな。疑問はあるよな」


 コージーの見解では、ブレインは骨が脆いでまとまった。

 証拠もあり、コージー自身が体験済みだ。

 けれど納得がいかない所もある。

 それはファインが一番理解していることだった。


「ブレイン君は剣の勇者だよ? あの剣だって、ほとんどは技術で扱ってる。骨が脆かったら、振ったり突きを繰り出したりできないよね?」

「そうだな。あの剣はどう見ても重そうだった。それを意図も容易く扱えるなんて、相当の筋肉量とましてやその筋肉を支える骨格が必要になる。ってのが普通だけど、多分そこが違うんだよ」


 コージーはファインの考えを真っ向から否定する。

 今まで同じパーティーとして、ブレインのことを見て来たファインだが、自分の経験則を挫かれたみたいな気分になると、流石に反論する。


「どういうこと? 私、コージー君よりもブレイン君の事、たくさん見て来てるんだよ? 私の目は間違いないと思うけど」

「誰もファインの見た物は間違いなんて言ってないだろ。俺は単に、相当の筋肉量とそれを支える骨格が必要って言っただけだ」

「そんなの分かってるよ。でも、コージー君の話し方だと、それが間違いみたいに聞こえるよ?」

「ああ。俺はそう思ってる」

「どういうことなの!?」


 ファインはコージーの言うことがサッパリ分からなかった。

 頭を抱えて悩み込み、街行く人達の中で立ち止まる。

 コージーもそれに合わせて立ち止まると、避けるように波ができた。

 うねりを上げる人の波から弾かれると、コージーはファインに答えた。


「多分だ。あくまでも多分だけど、ブレインは元々骨が脆いんじゃない。剣の勇者として名を馳せるために、努力して研鑽を重ねて来たんだろう」

「うん。ブレイン君はあの性格だけど、責任感は強いよ。自分が一番強いって誰にでも豪語できるくらいには、毎日筋トレも剣の修業も欠かして無いから」

「なるほど。余計に理由付けになったよ」

「理由付け? 今の中に理由になるものがあったの?」


 ファインは自分が口走った言葉を追い掛ける。

 ブレインは責任感が強くて負けん気もある。

 努力家な上に毎日欠かさず筋トレと剣の修業をしている。

 これだけ聞けば勇者として申し分ないのだが、問題はそこじゃなかった。


「単純な話、ブレインは頑張りすぎたんだよ」

「頑張りすぎた? それってコージー君が嫌ってたよね?」

「もちろん、俺は頑張るのは嫌いだ。今時頑張ったってなんにもならない。それが分からず無理なことをして、必要以上の筋肉を付けて碌に休息も取らなかったらどうなる?」

「えっと、ヘトヘトになっちゃうよね? そう言えばブレイン君は疲れを見せないけど、いつも休んでいなかったような気も……もしかして!」

「もしかしなくてもそこだよ、そこ。ブレインは筋肉を付け過ぎて、常に骨を圧迫している状態なんだ。骨格がまだ完全にでき上がっていない状態でそんなことをすれば、碌に休息も取っていない体はいつか限界を迎える。まぁ、その前にファインが潰したおかげで、無理に体を動かす機会は減ったんだけどな」


 ブレインは筋肉を必要以上に付け過ぎてしまった。

 そのせいだろうか。まだ完全にでき上がっていない骨格を圧迫するような形になり、心身共に見えないダメージを与えていたのだ。

 勇者としての責任が重圧になり、家柄なども相まって、ブレイン自身が負の坩堝に嵌ってしまっていた。


 その状況を未然に防いだのは、ブレインが下手に見ていたファインだった。

 あの状況下では、ブレインに何を説明しても無駄だったろう。

 けれどファインが意を決して反撃をしたおかげで、ブレインは自分の体が悲鳴を上げていることに気が付けた。

 まさに英断。終わってみればそう思うことに一番納得ができた。


「だからファインが気にする方がおかしい。それじゃあ行こうか」

「あっ、ちょっと待ってよコージー君!」

「ん? なんだよ」


 コージーは話し終え、再び人の行き交う波に乗ろうとする。

 しかしファインはコージーの腕を掴んで離さない。

 立ち止まらせると頭だけ振り返り、コージーはファインの顔色を窺う。


「ブレイン君は大丈夫かな?」

「心配なのか?」

「うん。同じ勇者だし、元パーティーメンバーだから」


 ファインは優しかった。おまけに律義だった。

 誰彼構わず振り撒きそうな悲しい表情が、いつか痛い目を見るかもしれない。

 そんな気もしてしまうのだが、コージーはそれすらもファインだと思い、軽く答える。


「大丈夫だろ。あれくらいで挫けるなら勇者じゃない」

「そうだけど、そうかもしれないけど、ブレイン君も人間だよ」

「それなら俺もファインも人間だ。他人の心配をする前に、まずは自分の心配、明日は我が身って言葉もあるくらいだから、そんなに気にはしない方がいい。はい、この話はお終いだ。さっさと行くぞー」


 コージーは言いたいことを全部言い終えると、人混みの中に姿を消した。

 ファインはそんなコージーの顔を脳裏に刻みつける。

 自分とは違う何かを持っているコージーのことが何故か頭の片隅に留めておきたくて仕方がなく、何か吹っ切れたみたいな感覚に陥ると、ファインもコージーを追って街へと消えるのだった。

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