第26話 ファインが勝ったけど?

 結論だけ言えば簡単だった。

 コージーは見たことをそのまま伝える。


「とりあえず泣いていいから、ファインは一回落ち着こうか」


 ファインはつい先ほどまで大泣きだった。

 せっかくバグに憑りつかれ、冷静さを欠いていたブレインを倒したにもかかわらずだ。

 その表情は頗る良くない。むしろブレインを止めたはいいものの、怪我をさせてしまったことに後悔さえ抱いていた。


「ファイン、こうなったのはお前のせいじゃないよ。だから気にしなくていい」

「でもコージー君、怪我をさせたのは私……私だから。グスン」


 ファインは再び泣きそうになり、目元に涙を浮かべる。

 目の前には苦しみながらうつ伏せになるブレインの姿。

 パーティーメンバーが集まり、観衆の目も全て惹き、心肺の渦を発生させていた。

 その中心に居ながらも、未だに起き上がる様子も見せず、胸を押さえて苦しんでいる姿が、やけに痛々しく見えて仕方がない。


「大丈夫、ブレイン?」

「おい、ブレイン。まだ痛むのか!」

「は、早く病院に運んだ方が良いんじゃないのか?」

「そうね。急いで病院に……でもその前にポーションを飲ませて。ブレイン、ポーション飲める?」


 仲間達が必死にブレインのことを気遣い看病をする。

 鞄の中から回復ポーションを取り出すと、ブレインの口に注がれる。

 喉へゆっくり流し込まれると、ブレインの表情はかなり良くなり、呼吸の乱れが収まり始めた。


「うはっ! はぁはぁはぁはぁ……俺は一体……がはっ!」


 ブレインは回復ポーションを一気に飲み干したせいか、気持ちが悪くなり吐き出した。

 まるで血栓のようで、吐き出した汚物の色はこの世のものとは思えない。

 街行く人達のドン引きした顔が飛び込む中、コージーはブレインの吐いた汚物がバチバチと蠢いているのが分かった。如何やらこのプログラムのバグは見えているもののようで、まるで生き物のようにブレインの中から飛び出すと、宿主を失って絶命する。

 これでブレインの中からバグの塊は消えた。

 勝利をもぎ取ったのはファインに決まり、コージー自身は安堵した。


「とりあえずバグ一つ、除去完了」

「コージー君、なに言ってるの? 私は全然安堵できないよ」

「そうだろうな。だけど、ファインが悪い訳じゃない。元を辿ればブレインが悪い。きっとブレインだってそのことは理解しているはずだよ」

「だといいんだけど……」


 ファインは何故か心配していた。

 バグが取り除かれたことで、ブレインの性格も多少は改善されたはず。

 如何にもそう思っているのはコージーだけのようで、気が付くと胸を押さえたまま、ファインのことをブレインは睨み付けていた。


「ファイン、よくもやったな!」

「あれ?」

「ううっ、ごめんなさい。でも、こうするしかないかったから」


 ブレインはブチ切れていた。

 自分が発端になってやったはずなのに、いざ自分が反撃を喰らい怪我を負うと、あろうことか責任転嫁をする。

 悪いのは全てファインだとでも言いたげに怒りを露わにするも、周りは誰も味方をしてくれない。

 たった一人で孤立すると、ブレインは前しか見えずにファインに詰め寄る。


「どうしてくれるんだ! 俺は剣の勇者だぞ。お前みたいな雑魚に負けたんじゃ、格好が付かないだろ!」

「それは自業自得だろ」

「部外者は引っ込んでろ。いいか、俺は剣の勇者だ。唯一武器の名を冠する攻撃型の勇者だぞ。そんな俺が、碌に勇者の能力ちからも解放できていないファインなんかに負けたんじゃ、親父やお袋にも……どう責任取ってくれるんだよ!」

「ご、ごめんなさい。でも、私だって必死だったんだよ? できるだけ手加減して、ブレインをあしらって……あっ!」


 ファインは口を滑らせた。

 これはマズいとコージーも周囲も直感する。

 しかし直感しても遅かった。目の前でファインの口振りを聞いたブレインは眉間に皺を寄せると、ファインの胸ぐらを掴みに掛かる。バグが関与した本気の殺し合いから、勇者同士の本気の喧嘩が勃発しそうになった。


「ブレインだったよな? 流石にそれはダメだ」

「な、なんだよお前! 所詮は部外者だろ。勇者同士の言い合いに口出しするんじゃねぇ!」


 コージーはブレインの行動を未然に防ぐことにした。

 ファインとブレインの間に割って入ると、ブレインの腕を掴み、折れる勢いで握り返す。

 突然のことで驚いたのだろう。ブレインは痛みを忘れ、コージーを罵倒する。


「コージー君!? ダメだよ。ブレイン君は怪我をしていても勇者なんだよ」

「分かってるじゃないか、ファイン。そう言うことだ。怪我をしたくなかったら、今すぐその手を離して……痛い! 痛い痛い痛い痛い痛いがぁ!」


 ブレインは目から涙を零した。

 全身が熱くなり、悶えるように苦しみ出す。

 けれどコージーはスキルを一つも使っていない。

 単純に握力でブレインを捻じ伏せると、ポキッと軽い音が聞こえ、「そう言うことか」と理解する。


「ブレイン、今回はお前の負けだ」

「俺の負けだと。俺は負けていない」

「それはお前が知らないだけで、周りを見れば分かるだろ」

「周り? ……な、なんだよこの空気」


 ブレインはようやく気が付いたらしい。

 アドレナリンが分泌しすぎて周りが見えていなかったのだろう。

 コージーに諭され周りを見比べると、周囲の人達の冷めた目が矢のように降り注ぎ、言葉には無い非難を感覚として受ける羽目になった。


「な、なんだ、なんだ。俺は悪いのか?」

「お前が悪いし、お前の負けは決定している。お前の記憶には無いんだろうけど、これは事実だ。それにファインが止めていなかったら、きっともっと酷い怪我を負っていただろうな。それこそ、勇者を続けられなくなるかもしれない程に」

「うっ……はぁ。ファイン、今回は俺の負けらしいな」

「えっ!?」


 ブレインは冷静な思考を取り戻す。

 コージーの言葉を受け、周りの人達の目も見て、ここは折れるしかないと察したのだろう。

 改まった態度にファインは驚愕するが、それでもブレインは傲慢な態度を変える気は無いらしい。


「だけどな、お前が俺に怪我を負わせたことは変らない。それだけだ」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「……コージーだったな。お前の顔と名前は覚えておく。じゃあな」


 ブレインはコージーのことも睨んだ。

 一瞥する目の奥には感謝の色はほとんどない。

 掴まれていた腕を無理やり解くと、仲間を連れて街の中へと消えて行く。

 誇りと驕りしかなかった背中は、少し小さく見えてしまい、ブレインが勇者として身構えたのは確かに伝わると、コージーとファインは取り残されるように見つめていた。

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