第25話 永久の勇者の実力?
ブレインはバグっていた。
もはやそこに居るのは剣の勇者なんかじゃない。
剣の勇者の皮を被り、自分自身の欲をひけらかすだけの存在だった。
「ブ、ブレイン君!?」
「気を付けろ、ファイン。今のブレインは……」
コージーが忠告をしようとした。
口を走らせ、できるだけの注意を促す。
けれどブレインは先に剣を振り上げると、ファイン目掛けて剣を振り下ろした。
バシュン!
ブレインの振り下ろした剣が空を切った。
宙を描き、勢いよく振り下ろされると、剣捌きから熱を帯びる。
ファインの頬と前髪を掠めると、微かな火傷を負わせた。
「熱っ!?」
ファインは突然のことに驚愕し、目を見開いた。
ふとブレインの様子を窺うと、ブレインの口がパクパク動いている。
何を喋っているのか、これが小さすぎてよく聞こえない。
けれど口の動きをコージーが追うと、何となく喋っている言葉を読み解けた。
「お・れ・は……ない? なに言ってるんだろ」
「俺は? もしかして、俺は負けないって言ってるのかも」
「俺は負けない? 確かに言いそうだけど……って、まさか!」
コージーは嫌な予感がした。
今のブレインは立場的にかなり劣勢に立たされている。
剣の勇者である自分が強くて偉いと思い込んでいる性格に加え、バグに憑りつかれている状態。非常に精神状態がアンバランスな中で、ブレインがやろうと思うことは、すんなりと予想ができた。
「ファイン気を付けろ。ブレインは本気でお前を!」
「ファイン、お前は俺より弱いんだよ。剣の勇者の俺が、お前みたいな最弱勇者に負ける訳が無いんだよ。選定の剣も本当は俺が持つべきなんだ。俺の剣技を受け止められるわけが無いんだ。俺は強い、俺は、俺の方が強いんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ブレインの目が狂気に駆られていた。
あまりの威圧感にファインは一歩引いた。
しかしそんな隙は無く、右足を下げた瞬間、ブレインの剣が突き刺しに掛かった。
ファインの胸を今にも貫く勢いで、もはや手を抜いている様子も、単なるお遊びでもない。
完全な殺し合い。そんな幕が上がろうとする中、ファインは冷静に選定の剣で受け止める。
「ブレイン君、これ以上はダメだよ」
「偉そうに俺に指図するな!」
「偉そうって、私、そんなつもりないよ?」
「その態度に腹が立つんだよ。おまけになんだ、冷やかしか?」
「冷やかし?」
「剣に特化してもいない勇者のくせに、俺の剣技を受け止めるだと? 舐めてるな、俺のことを本当は下手に見てたんだろ!」
ブレインは完全に頭に血が上っていた。
そのせいだろうか、呂律だけがグルグルと回り、言葉だけが独り歩きする。
冷静さは掻いており、もはや勇者として、威厳も何も無かった。
「私、そんなこと思ってないよ。ブレイン君が思う程、私はブレイン君のこと……」
「ファイン、それ以上言っちゃダメだぞ」
「むぐっ!」
コージーはファインが悪気無しにブレインを挑発しようとしたので、未然に防いでおく。
ファインもコージーに言われて気が付いたのか、唇をギュッと噤んだ。
しかしブレインはそれが気に食わなかったのか、何故か標的をコージーに変える。
「後ろから口出しするなよ、部外者が!」
ブレインは足捌きでファインの脇を潜った。
スルリと対面する相手をコージーに置き換えると、剣を振り上げ無抵抗のコージーを狙う。コージー自身も突然のことで驚き、目の色を変えた。焦りが浮かび上がり、〈蛇腹鋼刃〉に指を掛ける。
「嘘だろ。ここに来て俺かよ」
「コージー君!? ブレイン君、ごめんなさい」
コージーはブレインなんて更々相手にもする気が無かった。
しかし〈蛇腹鋼刃〉で咄嗟に反撃をしようとする。
一撃で頸椎にダメージを与えれば、流石の勇者でも気絶はするだろう。
そんな甘い狙いを内心で浮かべるも、先に動いたのはここまで戦う意思を完全に否定していたファインだった。
「そりゃぁ!」
「な、ファイン。うっぶ!?」
コージーとブレインの間に割って入り、選定の剣を思いっきり叩き付ける。
もちろん怪我を負わせないよう徹底し、最低限の力加減で、選定の剣の平らな面をぶつけた。ブレインは突然のことすぎて防御をする間もなく、体を硬直させて立ち止まると、攻撃を胸にまともに喰らってしまい嗚咽を漏らした。
「うっぶ!? な、なんだ、ぶへっ、あっ、痛い……痛いよ……」
ブレインはたった一撃喰らっただけで倒れ込んでしまった。
口からは胃酸と一緒に汚い汚物を地面に吐き出し、うつ伏せのまま動かなくなる。
胸を押さえて苦しそうにし、周囲の観衆の目を引くと、散々な光景に騒めく。
「な、な、なにが起こったんだ!?」
「剣の勇者が、あんな女の子にやられたの?」
「嘘だろ。相手は剣の勇者だぞ。いくら同じ勇者だからって……」
「なにがなんだかさっぱり分からねぇ」
「だ、大丈夫ですか勇者様!」
「勇者様、勇者様ぁ!」
街行く人の観衆は、もはや倒れ込んで苦しむブレインに注がれていた。
それとは対照的に勝利を収めた? ファイン自身は、息を荒くして腕を掴んでいる。
自分がした行いに気持ちの整理が付かないのか、肩で呼吸をしているようにさえ見えた。
「ファイン」
そんな中、コージーはただ一人ファインに声を掛ける。
よっぽど咄嗟の行動だった。
それは明白でファインはコージーを守るために攻撃したのだ。
「ありがとう、ファイン。俺を助けるために無理をして……うわぁ!」
「コージー君、私……私」
「落ち着いて。ファインはなにも悪く無いからさ」
「う、うん……グスン。わ、私、私……」
コージーはファインに感謝を伝えた。
しかし振り返り際に見せたファインの顔色はグショグショに濡れていた。
自責の念に駆られているようで、コージーはファインの気持ちを気遣うことに必死だ。
永久の勇者の強みと凄み。そのどちらにも共通する弱さが引き立つも、コージーはそんなファインのことを優しく讃えるのだった。
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