第24話 永久の勇者と剣の勇者

 ブレインは苛立っていた。

 自分に盾突くファインのことが許せないのだ。

 そのせいだろうか。黒い禍々しい殺意を剥き出しにし、ファインのことを睨んでいた。


「ブレイン君?」

「俺はお前よりも強いんだよ、ファイン。俺は他の勇者よりも強い。俺さえいれば世界は救われるんだ。他の勇者なんてただの飾りで、俺を引き立たせるおまけなんだよ。あー、うぜぇ。こっちが下手に出れば偉そうに……」

「ぶ、ブレイン君?」


 あまりにも態度が急変しすぎだ。

 コージーはブレインのことを凝視すると、システムを使って調子を見る。

 すると嫌なものを見つけた。プログラムに異常があり、エラーが発生していた。


「エラー?」

「え、エラーって?」

「こっちの話だ。気を付けろよファイン。今のブレインはバグまみれだ」

「ば、バグ? よく分からないけど、私は勇者同士で戦う気なんてないよ?」


 ファインはブレインと戦う意思は無いらしい。

 しかしそれはファインの意見であって、ブレイン自身は戦う気満々。

 背中に携える剣の柄に手を掛けると、白い歯を剥き出しにし、侮辱したと錯覚しているファインに向かって敵意を示した。今にも戦いが起こる手前で、観衆は青ざめる。


「おいおい、これマズいんじゃないのか?」

「剣の勇者様が街中で戦闘って……嘘だろ」

「ヤバい。めっちゃ観たい……けど逃げたい」

「相手は女の子だぞ。流石に剣の勇者様も大人げない……」


 騒めく観衆。街中が一色に染まっていた。

 しかしコージーは気が付いていた。

 これは良くない流れであり、ブレインを中心とするバグが蔓延しそうになっているのだ。


「ファイン、戦うしかないみたいだぞ」

「わ、私は戦いたくないよ」

「そうは言ってもこの状況は……」


 もはや一触即発のこの状況。

 如何足搔いたところで切り抜ける方法は一つしかない。

 それが分かっているせいか、ファインにも自然と力が入る。

 コージーもシステムを使って、バグを取る準備をした。


(システム介入。リアルタイム・デバッグ・プログラム作動、対象者はNPC:永久の勇者ファインに委ねる)


 コージーは心の中で唱えた。

 このプログラムの中に存在するバグを一つ取るのだ。

 しかし単に取ることはできない。だからこそ、ファインに委ねてみた。


「ファイン、気を付けろよ」

「う、うん。ブレイン君も私の友達。どんなに苦手な人でも、こんなのブレイン君じゃないよ。だから私、怪我をさせてでも絶対に止めるね」

「その意気だな……怪我は良くないけど」


 冷静なツッコミをコージーはいれた。

 しかしファインの中で何か決まったようで、選定の剣に指を掛ける。

 するとブレインはファインが剣を抜く前に先制攻撃を始めた。


「怪我させるだ!? やってみろよ、ファイン!」


 ファインは対応が一瞬遅れた。

 ブレインは圧倒的な速度で剣を振り抜き、ファインのことを本気で殺す勢いだった。

 流石は剣の勇者。とでも言うべき所業だが、ファインも勇者でレベルは高いので、コージーが心配するほどでもなかった。


「死にやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ブレインは勇者なのに物騒な言葉を吐いた。

 観衆は青ざめ、ブレインのパーティーメンバーは止めようとする。

けれど止めに入る隙も無く、ファインの肩を狙って剣を振り下ろすと、観衆の悲鳴が上がった。


「「「キャァァァァァァァァァァァァァァァッ!」」」


 残響のように耳を劈く。

 鼓膜の奥まで伝わると、誰もが目を伏せていた。

 相対するファインとブレイン、背後で見守るコージー以外はその瞬間を見逃していた。


 カキーン!


「な、なんだと!?」

「ブレイン君。私、ずっとブレイン君とパーティーを組んでたんだよ?」

「だからって、俺は剣の勇者だぞ。こんなことがあってたまるか!」


 ブレインの剣捌きは確かにキレがあり、まともに受け止めるなんて真似はできなかった。

 けれどファインはそれを造作もないとでも言いたげに、容易く受け止めていた。

 選定の剣を鞘から引き抜き、刃と刃をかち合わせると、火花を散らして即死を回避していたのだ。


「凄いな、ファイン。にしてもなんで反撃しなかったんだ?」


 コージーは一部始終をその目で見ていた。

 ファインの動きは完璧で、経験則からか、ブレインの動きを読み切っていたように見えた。

 それを利用すれば、反撃だってできるはず。しかしファインはそれを一切せず、ブレインの攻撃を受け止めるだけに留めていた。


「言ったよね、コージー君。私は戦いたくないって」

「ああ、それは言ってたけど。今更そんなこと言っても……」

「無駄だと思うよね。嘘つきだって言いたいよね。そうだよ、私は今戦っていて、嘘を付いているんだよ。でもね、戦うとは言っても、私はブレイン君を倒すなんて真似したくないんだ。我儘かな?」


 あまりにも馬鹿なことを言っていた。我儘を通り越して、呆れるほどだった。

 けれどファインが一瞬魅せた表情には笑みが浮かんでいた。

 汗一つ掻くことは無く、ブレインのことを完全に手玉に取り抑え込む。

 それだけの実力を見せつけると、観衆の目も自然とファインに注がれる。


「マジかよ……」

「剣の勇者様の一撃を受け止めるなんて」

「しかも反撃しない。なんて天使な人なんだ……」

「凄い。いや、美しい」


 観衆の注目が全てファインのものになる。

 淀んでいた空気が一瞬にして浄化され、アウェイな環境がホームに変わる。

 気持ちもスッとなると、コージーはファインの問いかけに答える。


「好きにすればいいよ。それでファインの気が済むなら」

「ありがとう、コージー君。ふぅ、ブレイン君。私はブレイン君を止めるよ。怪我はさせても殺したりなんて真似は……ブレイン君?」


 ファインは首を捻った。

 ブレインの顔色を窺い、話し合いでできれば解決しようと目論む。

 そんなファインの気持ちを知らず、逆撫でされたとでも思ったようで、ブレインの憎悪が肥大化すると、ファインの顔色を睨むような眼で見つめ、バグが一気に溢れるのだった。

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