第23話 剣の勇者は嫌な奴

 剣の勇者=ブレインは傲慢だった。

 そしてあまりにも空気を読まず、自分のことを偉いと思い込んでいる。

 まさにプライドの塊。高慢で驕っているのに加え、何処か憐れんでしまいたくなる、そんな残念な印象が、声と態度から伝わった。


「おいおい、ファイン。元パーティーメンバーを前にして、顔も見せないのか? いつまでそうしているつもりだよ」


 ブレインはファインに向かってそう言った。

 周囲の視線が一斉に集まる。

 ヒソヒソとした騒めき上がると、耳が痛いくらいに空気が悪くなる。


「それともあれか? 一人になって思い知ったのか? 自分がとことん勇者に向いていない雑魚だってことによ。打ちひしがれでもして、俺の顔すら見れないってことか? はっ、ざまぁねぇな! あーはっはっはっはっはっ!」


 ブレインは高笑いを始める始末だった。

 完全に自分の世界に入り、この世界を自分の下だとばかり思いこんでいる。

 いけ好かないを通り越して、コージーは嫌悪を示す。

 これ以上話をするのは無駄だ。そう思った瞬間、ブレインの標的が変わった。


「それよりよ、さっきからファインの腕を掴んで離さない、お前は誰だよ?」


 如何やらコージーのことを言っているらしい。

 視線と一緒に憎悪のような歪な感情が痛いくらいに突き刺さると、コージーは溜息を付きたくなる。

 正直、面倒な奴に絡まれてしまった程度に納められそうにない。

 嫌で嫌で仕方がなく、今すぐ逃げ出すか、ぶちのめしてやりたくなった。


(おっとっと、ダメだダメ。流石にそれはやりすぎ……って、逃げるか)


 立ち向かうのはバカを見るだけ。

 コージーはそう考えると、完全スルーを決め込んで逃げようとする。

 無駄なカロリーを消費しないように努めたのだ。


「ファイン、もう行くぞ。……ん?」


 コージーはファインを連れて行こうとした。

 しかしいくら歩こうにも、コージーしか先に進めない。

 固まってしまったみたいにファインが一歩も動いてくれず、まるで石像だった。


「ファイン?」


 コージーはファインの顔色を窺う。

 けれどファインの顔色は悪くはない。むしろ見ることができない。

 俯いたまま表情を全力で隠すと、腕から伝わる脈だけが、何故か加速していた。


「焦ってるのか? 大丈夫だ。別に逃げだって」

「……コージー君、ありがとう。でも、今は違うと思う。これはね、私は逃げなくてもいいことだから」

「逃げなくてもいいこと? そうか」


 コージーはファインを連れて行くのを止める。

 世の中、大抵のことは逃げたっていい。

 良い大人は、逃げたらダメだとか馬鹿みたいなことを言うが、そんなことは無く、逃げた先に待っている別の選択肢を上手く掻い潜れば、物事はより良い選択を得られる。


 けれどそんな山ほどある選択肢の中で、自分から逃げないと選択できることは、それだけ強い意味を持っているのと同じだ。

 逃げない選択肢。つまりは立ち向かう選択肢を取ったこと。

 そう思えるかもしれないが、それは違う。奮起したのではない、自分自身で逃げる必要が無いと判断しただけのことで、打開策を持っていること。それをコージーは見抜き、ファインの顔色を窺うと、目の内に闘志が宿っている。


「おいおい、急にどうしたんだよ? まさかあれか? この俺に刃向かうのか?」


 安い挑発だった。

 こんなものに乗ろうとは思わない。

 それはコージーだけじゃない、ファインも同じで、まだ動きはしない。

 むしろ背筋を伸ばすと、振り返る準備をする。


「ファイン、お前は最弱の勇者なんだよ。誰も守れないし、必要もしていない。おっと、それは違ったな。お前はただの広告塔で、勇者の皮を被ったお荷物。だったよな?」


 どれだけ調子に乗るのだろう。

 聞くに堪えない耳障りな音頭が、悪い空気を立ち込めさせた。


「ファイン」

「大丈夫だよ、コージー君。私は今、一人じゃないから」

「そうか……で、どうするんだ?」


 ファイン自身、ブレインの言葉には耳も貸さない。

 自分を正しく持っていて、心の芯を取り留める。

 その姿が面白くないのか、ブレインはニヤリと浮かべた。


「お前達もそう思うよな?」


 ブレインは振り返る。

 そこには剣の勇者のパーティーメンバーが固まる。

 みんなボロボロで傷だらけ。表情はギクシャクしていて、あまり心地よく無いらしい。


「ファインの奴、新しいパーティーを作ったみたいだぜ。碌に強くもない癖に、勇者としての株を上げようとしてる。選定の剣でさえまともに使いこなせない最弱勇者のくせに、俺に盾突こうとしてる。笑えるだろ?」


 ブレインは本当に嫌な奴だった。

 自分をひけらかし、驕り高ぶり、仲間を委縮させている。

 不敵な笑みを浮かべられたパーティーメンバーは、表情が固まり気持ちの良い笑みができず、視線が右往左往しながら気持ちの悪い笑みになっていた。


「んだよ、お前ら。一体誰のおかげで……ああー、腹が立つぜ。ファイン、俺はお前よりも勇者をしている。今だって、凶悪なモンスターを倒してきたばかりだ」

「そうなんだ」

「ああ。俺は強い。そしてお前は弱い。その違いが分かったなら、とっとと勇者なんて辞めて、俺のその剣を寄こせ。なに、選定の剣は俺が上手く使ってやるよ。二刀流の剣の勇者なんてカッコ良くね?」


 ブレインは高笑いを浮かべながら同意を求めていた。

 醜態を晒していることも気が付かず、周りもこの空気に飲まれてしまう。

 完全にアウェーの状況。そんな中でもファインは明るさを振りまいてみせた。


「ブレイン君。残念だけど、それはできないよ」

「はっ?」

「私はね、決めたんだ。最弱の勇者でも、私ができることをするって。後、私の友達をバカにする人を許さないって。それが例え、私と同じ勇者の称号を持っていてもね」


 ファインは振り返る様、ブレインにそう答えた。

 堂々としている。もはやコージーが口を出すのは野暮な程だ。

 強い感情をその身に宿し、溌溂とした笑顔で周囲を明るく照らしてくれた。


「だからごめんね。これからはお互いに勇者として頑張って行こう。それじゃあね……行こ、コージー君」

「ああ、そうだな」


 ファインは吹っ切れていた。

 コージーに当たり前のように笑顔を抱くと、逆に腕を掴まれてしまう。

 早くこの場を立ち去るんじゃない。堂々と通り過ぎる。

 それだけの強い物を全身に宿したのだが、ふと殺意のようなものを感じ取った。


「待てよ」

「「えっ?」」


 振り返りざま、視界に映り込むブレインは闇に染まっていた。

 何と言うべきか、あまり心地よくはない。

 狂気に憑りつかれているというべきか、思い通りにいかず怒りに走る憐れな剣の勇者がコージーとファインの行く道を邪魔者として立ちはだかるのだった。

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