第17話 グレーウルフの襲撃 

 「ファイン、この花はなんだ?」

「それ? それはニコニコ草だね」

「ニコニコ草? 確か幻覚性の草だったか」

「そうだよ。だから絶対食べちゃダメだよ」

「食べない」


 コージーとファインはたくさんの植物を見て回った。

 使えそうなものは積極的に採取をし、危険なものは極力避ける。


 それにしても凄いのは、ファインの知識だ。

 植物に対する知識と言うべきか、足りないものを補っているのか。

 兎にも角にも、ファインは勇者と言うより、学者の面が強かった。


「博識だな。ファイン、学者にでもなったらどうだ?」

「ふふん。こう見えて、私は魔法学校の首席生徒なんだよ」

「えっ?」

「……まあ、そんなのはいいよね。それより、そろそろ採取は止めない?」


 ファインの素性が一瞬明るみになりかけたものの、すぐに自分から話をすり替える。

 如何にもコージーが黙々と採取に全力になっているので、心配してしまったらしい。

 

けれどコージーはまだ採取が足りない。

少しでもバグになり得そうなものは未然に除去したいのだ。


「いや、もう少し続けるから、ファインは剣の練習でもなんでもすればいい」

「えー、それって私が変な人みたいになっちゃうよね?」

「かもしれない」

「かもじゃなくて、絶対そうだよ。はぁ、これじゃあブレインに歯が立たないよ」


 ファインは本音を吐露すると、コージーの手も止まる。

 視線をチラリと向け、ファインの落とした目を見る。

 影になっていて、本音は見えない。

 コージーは瞬きをすると、溜息混じりに作業を終えた。


「分かった。それじゃあ剣の練習は俺が付き合うよ」

「えっ、いいの?」

「……」

「どうして黙るの?」


 コージーは黙り込んだ。

 それもそのはず、ファインにとっては、あまりにも自分の都合のいい状況になっているからだ。

 完全にしてやられた。呆れる前に崩れそうになると、コージーの意識がフッと消えかける。


「「はっ!?」」


 それは唐突だった。コージーが目を伏せた瞬間、コージーとファインは嫌な気配を感じ取る。

 あまりにも唐突で突然。全身をぬめりのような嫌な敵意を受け取ると、ピリピリとした感触に苛まれた。


「ファイン、今の気が付いた?」

「気が付いたよ。モンスターかな?」

「モンスターかは分からない。けど、敵意は感じる」


 コージーとファインは視線を右往左往させる。

 一体何処にモンスターが居るのか。数は幾つなのか。

 立ち止まって武器に手を掛け、いつでも反撃の余裕を取る。


「ファイン、悪いけど剣の練習は……」

「分かってるよ。それに好都合っていうのかな?」

「好都合? 試し切りにか」

「実戦練習。私、嫌いじゃないよ」

「ふん。ファインはそんな性格なのか……AIのレベル高くね?」


 コージーはファインの搭載されたAIをボヤく。

 何処までが頭が良くて、何処までが悪いのか。

 正直分からないことだらけだが、コージーが目線を下に戻した瞬間、目の前の草が揺れ、奥から何かが飛び出した。


「ワフッ!」


 飛び出してきたのは狼だった。

 灰色の毛色、一般的なグレーウルフ。

 目を凝らしてみると、レベルも12と一切高くはなく、正直肩慣らしにもならなかった。


「グレーウルフか。流石に敵じゃないかな」

「気を付けて、コージー君。油断していたら痛い目に遭うよ」

「確かにな。……〈蛇腹鋼刃〉」


 コージーは武器を鞘から抜き、〈蛇腹鋼刃〉を振りかざす。

 ウネウネと蛇のように蠢くと、襲って来たグレーウルフの頭を貫く。

 すると一撃でその動きは止まってしまい、あまりにも容易く絶命してしまう。

 コージーはやけにリアルな感触に苛まれると、目の前に転がるグレーウルフを睨んだ。


「粒子にならない? そういう仕様にしては、気持ちが悪いな」

「仕様とか意味分からないけど、まだまだ来るよ!」


 攻撃の手が止まるコージーにファインは叱咤する。

 背中を任せた相棒を見るに、如何やらグレーウルフを倒したらしい。

 首の筋を軽く捌くと、グレーウルフは痛々しく倒れていた。


 けれどもコージーもファインを気遣う余裕は無い。

 レベル差自体は圧倒的。

 けれど数がとにかく多く、草むらが次々に蠢く。


 どれだけの数が居るのかは計り知れない。

 ましてや一掃したいにも、【炎属性魔法(中)】は森の中では禁句。

 森を燃やし尽くして自然破壊は無しだと悟り、コージーは〈蛇腹鋼刃〉を振り上げる。


「ファイン、速攻で倒すぞ」

「速攻って、数分からないのに?」

「出て来ないならそれでいい。逃げるでもいい。だったら、それ以外を叩くだけだよ!」


 コージーはニヤついた笑みを浮かべると、〈蛇腹鋼刃〉を振り抜いた。

 蛇のような不可解な軌道で蠢くと、〈蛇腹鋼刃〉は草の中に消える。

 その切っ先は何を捉えるのか、それとも霞を摘むのか、様々な思考が巡る中、コージーの指先にはジットリとした感触が辿った。


「うわぁ、ヒットした」

「ヒットってことは、倒したってこと? 凄いね、コージー君」

「褒められたものじゃない。とりあえず頭の高さは全部同じだとして……うえっ」


 今までに感じたことのない散々なリアルに吐き気を催す。

 気持ち悪くなってしまい口元を覆うと、ここまでのことを自分がやったと悟る。

 それだけで気分が害されてしまい、やけにリアルなプログラムの世界に酔いそうになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る