第10話 冒険者になってみた

 とりあえず報酬は万全らしい。

 丸々持って帰って来たのが功を奏したらしい。

 これでファインの取り分は充分だったようで、コージーは圧倒的に心が軽くなった。


「とりあえずこれでよし」

「なにがいいの?」

「なんでもない。それじゃあ俺は行くから」


 とりあえず街まで辿り着けただけ儲け物。

 ここからはコージーの仕事だ。

 目的を一つ片付けないと帰れないので、そそくさと冒険者ギルドを去ろうとするが、そんなコージーの腕をファインは離さない。


「何処に行くの、コージー君?」

「何処に行くって、そんなの決まってる」


 もちろん嘘だ。なーにんも決まっていない。

 しかしコージーは無表情で突っぱねると、素早く退散したい。

 一瞬一秒時間が無い。少しでも動いて稼ぐのだ。


 とは言えそんなコージーの思惑とは裏腹に、ファインの腕は力強い。

 圧倒的なレベル差でジリジリと引き寄せられると、コージーはファインに突きつけられた。


「せっかくここまで来たんだから、冒険者になってみたら?」

「はい?」

「だから、冒険者になってみるんだよ。大変だけど、きっとコージー君には向いていると思うよ?」


 何となく予想はしていた。

 コージーはストレートなファインの誘いに流石に乗れない。

 それのそのはず、冒険者になる気はない。

 自分はあくまでもこのゲームを見て、調査して、バグを取り除くデバッカーだからだ。余計な薮に足を突っ込むなど面倒極まりないと内心ではワクワクとは対照的な反応を抱く。


(冒険者ギルドは来てみたかったけど、やるのはなー。俺、そんなに暇じゃないし、金にも余裕はあるしな)


 ドウルならシステムに介入して無限にしてある。

 そのおかげでこの世界の常識をひっくり返してしまう。

 そんな自分が冒険者には向かないと思ったのも束の間、シャープがコージーのことを高く買う。


「コージーさんでしたね。冒険者、向いていると思いますよ」

「シャープまで。なんで俺が……」


 コージーはそっぽを向く。

 しかしすぐさまファインに顔の向きを変えられる。

 圧倒的なパワー。どんなステータスなのか。勇者補正は伊達ではないと痛感すると、コージーははっきりと答えた。


「痛い」


 痛みに関してだけ呟く。

 するとファインはにこやかな笑みを浮かべると、コージーのことを受付嬢シャープの前に差し出す。完全に冒険者にされる体だ。


「それでは冒険者の登録をしましょうか」

「俺の意思はそこに無いのかよ」

「無いですよ」

「無いのか……クソゲーだな」


 まさかのプレイヤーの意思を無視して来た。

 あまりにもリアル。いや、リアルを逸脱しているゲームだ。

 コージーは理不尽を突き付けられ、頭を抱えるも、その暇さえ与えられずにトントン拍子に話だけが加速した。


「それではまず冒険者登録のため、こちらの用紙に必要事項の記入、及び登録料をお願いしますね」

「はい、費用は私が建て替えるね」

「ちょっと勝手だな!」


 コージーはファインとシャープの間に挟まれる。

 何故だろう。とても嫌だ。

 これでは完全に凄い新人を捕まえたみたいな扱いで苦しくなる。


「もう勝手にしてくれ」


 とは言え諦めも肝心だ。

 こうなった以上、コージーは適当に用紙に記入する。

 このバグまみれのゲームの中、コージーはやけに理不尽が形になったリアルだと半ば諦め、バグ取り作業の困難さを痛感した。


(後で絶対書き換えてやる。これは百、バグだ!)


 コージーの中で野心が燃えた。

 システムを瞬時にでも書き換えたい気持ちを抑えつつ、とりあえず用紙に記入。ファインが登録料を建て替える姿を見送ると、虚な目をして冒険者達を眺める。


「まさか向こうだけじゃなくて、こっちでも、いや、こっちの方は真っ当か」


 コージーは普段入り浸るゲームと比べる。

 今の自分の立場、それすらを超越している。

 ギルドなんて、普段から利用はしていない。

 でも冒険者ギルドにこうして足を運び、その一員になろうとしている感触。それを全身で味わうと、コージーは天井を見上げる。


「まあいっか。減るもんじゃ無い」


 コージーはほくそ笑んでいた。

 むしろこの理不尽を楽しんでいる。

 姉の尻に敷かれ続けたせいか、理不尽にも慣れ親しんでしまい、荒れ狂う荒波さえものにした。何だかそんな自分のことを同情するでもなく、コージーは頼もしく自分を讃えるのだった。


「それでは次にこの水晶玉に手をかざしてください」

「はっ?」


 かと思ったのも束の間、今度はボロが出る。

 突然目の前には水晶玉。

 ピカピカに手入れされていて、光沢さえ感じるが、あまりにも透明度が高すぎて本物なのかどうかさえ怪しく、怪訝な表情を浮かべていた。


「あの、これは?」

「今から適性検査をします」

「え、適性?」


 まさかの仕様。これは想定外。

 冒険者に適性がありそうなのは予想してたけど、まさか自分がその対象とは思いもしなかった。


「適正ってなにをするだ?」

「こちらの水晶玉に手をかざしていただき、その人の実力を色として判断します」

「色?」

「ちなみに私は桃色だったよ。とっても強い色だったね」

「ええ、ファインさんはとても才に溢れていましたね」

「えへへ、ありがとうございます」


 ファインは照れ顔を見せる。

 やはりと言うべきか、ファインは才能に溢れていた。

 とは言え、水晶玉の意味は理解した。

 とりあえず、手をかざせば済む話らしい。


「とりあえず手をかざせばいいと?」


 手をかざさないことには終わらない。

 コージーは水晶玉に手を差し出す。

 すると水晶玉がコージーの実力を、まるで脈拍でも測るみたいに、色が生じる。


「うわぁ、水晶玉の中に靄が……はっ?」

「色が変わるよ。どんな色、灰色だ!」

「灰色ですか。これは珍しい色ですね」

「……俺のイメージカラーかよ」


 如何やら水晶玉はコージーの実力を測り終えたらしい。

 結果的に得られたのは、コージー自身のイメージカラー。

 それ以上でもそれ以下でもなく、ファインとシャープは水晶玉を眺める。


「本当に凄い。こんな色、見たことないよ」

「おまけにかなりの実力の持ち主ですね。一体何処で」

「何処でもなにもない気が……まあ、いっか。それでこれで終わりか?」


 コージーは面倒そうにシャープに訊ねると、シャープ自身も仕事に戻る。

 何かを察知したのか、すぐさま奥の方に消えて行くと、今しがた得られた結果を元に、コージーを冒険者として認める運びになった。


「コージー君って、凄いね」

「なにが凄いのか分からないけど、ありがとう」

「ふふっ。もしかしなくても私よりも強いよね?」

「それは分からないな。……おっ!」


 雑談をしていると、シャープが戻る。

 トレイの上、そこには一枚のカードが置かれている。

 如何やら証明書らしい。


「お待たせ致しました。こちらが冒険者カードになります」

「どうも」

「冒険者カードは冒険者の証です。再発行には手数料が掛かる上、五年間冒険者の活動を怠ると、剥奪されてしまうので、くれぐれも注意してくださいね」

「分かりました。それじゃあ俺は行きますから」


 証明書を受け取ると、コージーは受付を後にする。

 いつまでも独占していると、他の冒険者の迷惑にもなる。

 それにこんなことをしている暇はない。

 そそくさと退散すると、とりあえず初日は上々な運びになった。

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