第9話 インベントリは無限大

 インベントリ。

 それは、ゲームにおいて、手持ちでは所持できない大量かつ複数のアイテムを所持することのできるシステム。

 これがないゲームは非常にシビアに設定されてしまい、ユーザーからの満足度も下がってしまうのだ。


「えっ、ええっ!?」

「い、今のは一体……」


 受付嬢のシャープと隣で困惑するファイン。

 二人は瞬きをすると、固まってしまう。

 完全に引いてしまっているようで、コージーも困ってしまう。


「えっと、なに?」


 しかしながらコージーは分かっていなかった。

 残念なことに、インベントリを利用できるのはプレイヤーのような外側の存在のみ。


 つまるところ、コージーはとんでもないミスをした。

 そう、この世界の住人の前でコージーはインベントリを開いてしまった。


「あっ!」

「「今のどうやったんですか!」」


 気が付いた時には遅かった。

 コージーはあんぐりと口を開けると、シャープとファインの顔が近付く。

 今にも唇が触れそうで、素早く半歩下がると、コージーは距離を取り、買取用に置かれた黒毛和バイソンの死骸を覗く。


「あ、あの、これは、その……」

「さっきもそうだったけど、どうやったの?」

「そうですよ。空中から取り出されるマジックバックなんて、聞いたことありませんよ!」


 ファインの目がキラキラしている。

 シャープはコージーのことを嗜めるように見る。

 何だか嫌だな。この感覚と、コージーはゴクリ喉を鳴らすと、コージーは視線をヌルリと退けた。


「コージー君、目を逸らさないでよ!」

「そうですよ。とは言え、流石に魔法ですよね」


 シャープはインベントリのことを魔法だと解釈してくれた。

 如何やらこのゲームの中では、マジックバッグと呼ばれるアイテムがあるらしい。

 それがインベントリの代わりのようだけど、流石に空中から取り出したのはマズかった。

 一応拡大解釈はしてくれたから助かったので、コージーはこれに乗じる。


「じゃあそれで」

「それでってなんですか?」

「今、完全に墓穴掘ったよね?」

「掘ってないけど。そんなの些細な問題でしょ?」

「「些細な問題……まあ、確かに」」


 如何やら上手く話題を逸らすことに成功した。

 コージーは心の中でだけガッツポーズを取ると、インベントリ設定を少し変更する。


(流石に無限はマズかったか……)


 コージーの使うインベントリは、ここに来た時に設定を無限にした。

 おかげで容量は無制限。

 今回みたいな異次元の事案に巻き込まれたと反省する。


「それで買取額って?」

「そうですね。私は専門ではないので、少々お待ちください」


 そう言い残すと、シャープは受付から席を外れた。

 奥の方へと消え、黒毛和バイソンの肉片、その断片を持って行く。

 取り残されたコージーは厳しく、ファインの視線を浴びる羽目になる。


「じー」

「ううっ」


 正直言ってしんどい。

 コージーは全力で目を逸らすと、いつどんな追及が来るか分からず怯える。

 しかし気にしていたって仕方がない。

 ここは冷静になろうとすると、ファインの可愛らしい美少女顔が飛び込む。眩しい、眩しすぎて現実離れしていた。


「ヒロイン候補?」

「な、なんの話?」


 突拍子もないことを言ってしまう。

 するとファインが顔を真っ赤にしてしまう。

 可愛い。世間一般的な反応をコージーは抱くと、モジモジとし出すファインが余計に愛らしく思えて仕方ない。とは言え、NPCであることと勇者である立場は変わらないので、それ以上に変な思考を持たない。


「どれくらいになるかな?」

「黒毛和バイソン?」

「そうそう。いくらぐらいになる?」

「うーん、そうだね。とりあえず一万ドウルくらいにはなるかも」

「ドウル? それがこの世界の通貨単位なんだ」

「そうだけど……おかしいね。世界共通の筈なんだけど」


 確かに金銭の通貨単位はそうだった。

 ドウル。恐らくはドルがモチーフになっている。

 ありきたりな設定だけど、分かりやすくて助かる。

 コージーは腕を組んだまま考えを巡らせていると、直にシャープが戻って来た。


「お待たせいたしました。買取専門の職員に話を伺ったところ、今回は丸ごとかつ切断面が極端に少なく個体も良い上物と言うこともあり、三万ドウルになります」

「三万ドウル!?」

「良かったね、ファイン。上々だ」


 見立て一万が一気に膨らんだ。

 流石にファインも驚いてしまっていて、キョロキョロと挙動不審な態度が目立つ。


「こ、コージー君」

「もしかして取り分的な話? 俺はいいよ。手持ちはあるから」

「そ、そうなの?」

「うん。とにかく、報酬は充分。それでいいだろ」


 コージーは親指を立てて、ファインのことを励ます。

 背中を押すと、ファインの顔色もとても溌溂とする。

 煌びやかな笑み。これは本当に生きる人の目だ。そう確信すると、NPCっぽくないなと、ほんの少しだけ感じ取ってしまった。

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