第5話 コージーの実力

 コージーの視界に映るのは、誰かとモンスターが戦う姿。

 しかしその誰かはかなり苦戦している。

 キラリと煌めく剣。残光のようで霞んで見える。


「あれ、死ぬかも。それは困るな」


 コージーはゲームの進行が滞るのを良しとしない。

 それがコージーが雇われている一旦。

 バイト代のためにも、コージーは軽く屈伸をしてストレッチを行うと、スキルを発動した。


「【加速】」


 コージーは地面を蹴り上げる。

 【加速】のスキルは瞬間的に体を加速させ、速度を増させる。

 そのおかげか、コージーは一人蹴りで一気に距離を詰めると、そのまま足を交互に動かして走り出す。


 視界の先に捉えたモンスターの姿が大きく見える。

 【遠望】スキルも合間ってか、その形が大きめのバイソンのように感じた。


 草原にバイソン。確かに悪くない組み合わせ。

 しかしながら、バイソンのモンスターはレベルの表示が起伏。

 如何やらレベル20そこそこのようで、正直初心者向けではない。


「〈蛇腹鋼刃〉!」


 真っ黒な体毛に覆われたバイソン。

 鋭い二本の角を引っ提げ、誰かのことを気圧する。

 鼻息を荒くさせ、熱を燃やすと、誰かのことを軽く押し退ける。


 それを必死に耐える姿はまさしく鑑。

 だけど剣を横にして押さえ込むのが精一杯でジリジリと押し返されていた。


「あのままじゃマズい……この距離で届くかな?」


 コージーは〈蛇腹鋼刃〉の柄を強く握る。

 すると三角形の蛇腹状の鉄剣がニュルニュルと動く。

 まるで蛇のようで、コージーのことを試しだす。


「届くかじゃない……届かせる!」


 コージーは強く握り返すと、覚悟を露わにした。

 全身を【加速】で煽りながら体勢を捻ると、届かせる勢いで〈蛇腹鋼刃〉と飛ばした。


「行けっ!」


 コージーが命じると、〈蛇腹鋼刃〉は蠢く。

 青白い光を迸らせると、目の前の誰かを通り過ぎ、後ろのモンスターを襲う。


「ズモォー!」

「えっ!? 急になに、うわぁ!」


 バイソン=黒毛和バイソンは剣が突き刺さりダメージを負う。

 赤い血飛沫が黒い体を汚すと、そのまま草原の草の色さえ変える。


 目の前の誰かも驚きすぎて体が飛ぶ。

 後ろの倒れ込む瞬間、上げた声は少女のそれで、体勢を崩して倒れ込む。

 その瞬間、コージーは決して見過ごさない。


「あっ、よっと!」


 後ろから少女を抱きかかえる。

 少女の不安定になった体を支え、体重移動ができていない状態できっちり守り抜く。

 すると少女の目がコージーのことを捉える。

 一体何が起こったの? この人は誰なの? と言いたそうだった。



「あ、貴方は?」

「今はそういうのいいから、それより少し下がって」


 コージーは少女の問い掛けを無視する。

 受け止めた体を丁寧に草原の草の上に降ろすと、ぺたんと座らせた。

 代わりにコージーは少女の前に立ち、黒毛和バイソンを目前に構える。


「ど、どうするの?」

「どうするもなにも倒すだけだよ。まあ見てて」


 コージーは決してカッコつける気はない。

 けれど口調には余裕さえ存在していて、少女はポカンと見る目る。

 コージーの顔色は決して窺えないけれど、ゴクリと喉を鳴らして見守った。


「さてと、今の攻撃でかなり怒らせて……」


 コージーの突然の奇襲を浴びて、黒毛和バイソンは苛立っている。

 血飛沫を飛ばしているのは少しいただけない。

 コージーはアイコンタクトでセルフ修正をすると、血飛沫の様子を粒子に置き換え、〈蛇腹鋼刃〉を空ぶらせる。


「だけど俺の方がレベル的にも高い」

「レベル?」


 コージーは負ける気は無かった。

 むしろここまで怒り狂っている相手に負けるビジョンなんて見えなかった。

 だからだろうか。終始余裕で立ちまわると、黒毛和バイソンは自慢の角を剥きにして襲い掛かる。


「ズモォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 黒毛和バイソンは姿勢を低くすると、下から突き上げようとする。

 真正面からの攻撃。正直避ければ簡単だ。

 けれどそんな真似ができないので、コージーは正面から相手取る。


「正面から来るってことはさ……」


 黒毛和バイソンは二本の角を自慢にしていた。

 所々には傷があり、歴戦の感じが窺えるが、そんなのは関係ない。

 傷が付いているのなら、凹むがあるに決まっているので、上手く利用させて貰う。


「その傷、かなり深いね。上手く絡みそうだ」


 〈蛇腹鋼刃〉がニュルニュル蠢く。

 右腕を軽く振り、コージーは武器を飛ばす。

 蛇腹剣の刃が軽く放られると、そのまま黒毛和バイソンに直撃……はせず、角の部分に絡みついた。深い傷を狙い、凹凸を埋めるように滑り込むと、そのまま動きが留められる。


「ブモォ?」

「よし捕まえた。後は、それっ!」


 コージーは〈蛇腹鋼刃〉を引き寄せた。

 すると黒毛和バイソンの角が微かに浮き上がり、地面から踵が外れるのが分かる。

 それを皮切りに、コージーは体を黒毛和バイソンの下へと潜り込ませる動作を見せた。


「な、なにするの!」


 少女の声が響く。

 しかしコージーの耳には薄っすら届く程度で、振り上げた拳を突き付ける。


「まずはこう。それからこうだ!」


 コージーの拳が黒毛和バイソンの顎を突き上げると、続けざまに横に薙ぐ。

 軽い脳震盪でも起こしたのか、黒毛和バイソンの動きが緩む。

 ここで畳みかける。コージーは自由を奪っていた〈蛇腹鋼刃〉を解除すると、鋭い剣の姿へと変貌させた。


「これでトドメだ!」


 コージーは黒毛和バイソンの頭を狙って剣を突き付けた。

 ブスリと深々と押し込まれると、黒毛和バイソンは特大の悲鳴を上げる。


 けれどその声が耳に届くことは無い。残響になった悲鳴は喉の奥から発狂を生むと、そのまま黙り込んでしまう。

 残響は無かったもの。まるで初めからなにも無かったかのような静寂が訪れると、コージーはポツリと呟く。


「こんなものかな」


 まるで一仕事を終えた後のような楽観的な態度。

 それ以上もそれ以下もない。

 コージーは自分の役目を全うすると、目の前で倒れた黒毛和バイソンを見届けた。

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