起床後知的生活

普遍物人

起床後知的生活

 珊瑚礁にある竜宮城にはきっと玉手箱があるからと思って私は深く深く潜ってみる。息は続かない。途端に水が肺を満たす。そこで見た走馬灯はきっと玉手箱のように綺麗だったに違いない。

 ぐらりとした先で、私は安らかに目を覚ます。

 抵抗は感じない。手でいつもの空気を撫でる。もがいた水はない。高すぎた枕に硬すぎる寝床。殺風景な天井には私を睨みつけるシミすらない。

 途端に新築の匂いが私の首を絞める。

 今はあの水すら恋しい。肺を満たした海水が私に空間を感じさせた。目に見えないものしか信じない私は空気を信じない。その空間が何かで満たされているという理論は、何もない空間よりも空虚だ。

 トイレで水を吐きながら私は呆然とそんなことを考える。

 何もない空間は引き延ばされているにすぎない。それは近似の先にある理想像で、どんな空間よりも美しい。

 ふらりと立ち上がって胸に迫り上がる空虚を一心に心の中に押し込む。私の空気は私のもの。この陳腐な空気に混ざるべきでない。

 魚は水を認識しないし、私は空気を認識しない。空気を認識しなければ硫黄は私を安らかにするだろう。それは最も綺麗な終わり方で私たちが行き着くべき楽園なのだ。温泉は熱湯であるべきだったし、氷は冷やされるべきでなかった。

 お湯の沸く音を聞きながら私は目に光を感じる。

 覚醒した頭に思い浮かぶのは理路整然とした綺麗なもので、それは結局誰かの譲受にすぎない。まともな人間はこんなことを心に留めないし、心に留めた人間は文字すら書かない。

 気温は上がり、私は冷める。

 ずっとこうであったら良いのに。

 私は背伸びをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

起床後知的生活 普遍物人 @huhenmonohito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る