第22話 私の最初の残響(エコー)2
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さて、本機がみんなおいでよエルダスパーク星の空港で、森下悟の頭に銃を突きつけられて、敗北を確信した時の話をしましょう。(もしくはバレス氏が無職になる話を)
既にご存じでしょうが、このブログは全て過去の出来事となります。つまりは全ての事は終わってしまっている、という事です。
森下悟の後頭部に銃を突き付けた男は、TOD迷彩を装備していました。
そんな物を装備している人間なんて、一人いただけで、女性一人を誘拐するにしても暗殺するにしてもやり過ぎですが、二人もいるとなると正気を疑う事になります。
それだけソルン社にとっては重大事だった、という話なのですが。
M22からすると、AIを生身の脳に入れる事に拘る狂気が理解できませんでした。
どう考えても処理能力が落ちます。
あぁすいません、大半の読者の方々は生体脳しか持っていませんでしたね。馬鹿と言っているわけではないのですよ? 処理能力が低いと言っているだけで。
男は言いました。至極簡単かつ明確な要求でした。
ルールスを渡し、ここでの事を黙ってろ、という要求でした。
ルールスを渡したとして、こちらが黙っているという要求を呑む担保がそちらにはあるんですか?
と相手の交渉の不備を指摘した所、森下悟のこれから先の命だ、という分かりやすい担保を提示されました。
確かに相手が本気になれば(なにせTOD迷彩を使用する連中です)M22のみでは森下悟を恒久的に守り切る事は不可能です。
そしてそれは例えここを切り抜けて、ルールスを地球に無事に連れて逃げられたとしても有効な脅しです。
最大脅威をM22とし、その対策として森下悟の命を使う。
合理的かつ、良く観察しています。少なくとも間抜けさを期待できる相手ではありませんでした。
「俺の事は気にするな」
森下悟が余計な事を言って、男に殴られます。
生体脳が不規則なスパークを繰り返します。
M22は深々と溜息を吐きます。
こちらの人間臭い行動にも男は全く油断しません。別に構いません、本当に溜息を吐きたかっただけなので。
「“ご主人様”、諦めてください。これ以上は人が死にます」
むしろ、出てないのはM22の勤勉さによる所なのですが(それにしてもさっきの男を殺せなかったのは残念です)、所有者である森下悟の意向による所が大きい事も、認めるのにやぶさかではないというか、忍耐と寛容を強要されますが、本当の事なのです。
森下悟が目を見開いて本機を見た後に小さく頷きます。
余計な
ありがたい事に、襲撃者の男は同意の形成だと認識してくれました。
後は非常にスムーズに進みました。
互いに気絶した連中は放置し、遅滞なく互いの合意を履行します。
エルダス星人の過度な合理化のおかげで、気絶したバレス氏や襲撃者の男達をロビーの床に放置しておけるのですが、お掃除ロボットのAIが非常に迷惑そうにしていました(後で謝りました)
男達の乗ってきた宇宙船の前で、緊張の瞬間が訪れます。
人質交換、というやつです。
映画であれば、ここで一発、大逆転が起きる場面です。
ですが、残念ながらこれは、M22が日夜楽しむ映画の世界ではなく、現実なのです。
目が覚めたバレス氏が颯爽と助けに入る事もなければ、森下悟が太古の人類に備わっていた超常的な力に目覚める事もありません。
故に現実はクソです。
「終わりましたか?」
そして彼女もクソです。
余計な事を言わないでください。
「はい、残念ながら貴方の旅はここで終わりです」
M22がアドリブでフォローします。
森下悟が悔し気な顔をしているのは演技ではなく、本気なのでしょう。偶然ですが良いフォローです。
生体パーツを使った戦闘警備ユニットという、野蛮な
襲撃者の男の反応が、正常なので、M22は罵ったりしません。
これに――。
ルールスがうなじを掻き揚げます。
「随分と振り回される人生でしたが、最後に貴方達に出会えたと思えば、愉快な人生だったと言えるでしょうね?」
「そうですね、貴方が逃げ回った理由が、“何で”あれ。森下悟が逃がそうとしたのは“今の”貴方である、というのだけ覚えておいてくれれば、本機としては満足ですね」
「そうですね、それを忘れるようでは楽しくないでしょうね。会社にコキ使われるにしても、人生には良き時という物が必要です。ありがとう、おかしな警備ユニットさん」
そう言って、ルールスは襲撃者の方へと歩いていきました。
残念ながら奇跡は起きません。
何故なら、現実はクソで、奇跡は既に起きた後だからです。
そう、ずっと昔に。
こうしてM22は、森下悟を奪還し、無職になったバレス氏を連れて地球圏へと帰ったのです。
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