第20話 望遠鏡を担いでも見えない物は見えない5

 *


「さっさと機能停止を命じろ!」


 男がそう言って、森下悟の後頭部に、その存在を忘れないようにと強く押し当てた瞬間でした。

 M22の体から力抜け、非人間的な脱力でロビーの床に倒れます。


 男の意識が倒れたM22に向くのが分かります。

 男のほんの僅かな意識の逸れ姿を、ついでにハッキングした宇宙港の監視カメラからの映像で確認します。


 ほんの一瞬、銃口が惑います。

 警戒感から次の動きに素早く移れるように、体の力を抜いたのでしょう。


 悪手です。とんでもない悪手です。


「呆れる程の悪手ですね」


 思わず“ルールスの喉で”そう喋ってしまいます。

 それと同時に森下悟の後頭部に突き付けられていた銃を掴み、身をひねりルールスを狙う銃口から逃れつつ、男の顎を掌底で打ち抜きます。


「痛っい!」


 ルールスが叫びますが、脊髄にノイズが走るので黙っていて欲しいです。

 いや、待ってください。彼女のノイズが、M22が掌握した彼女の外部脳アウターに流れてきています。間違ってもM22のニューラルネットワークが彼女の脳に影響を与えないようにと、慎重にフィルターをかけたはずです。


 可能性としては二つです。M22がヘマをやらかしているか、ルールスの外部脳アウターが欠陥品であるかです。外部脳アウターの欠陥は天文学的確率になりますが、読んで字のごとく天文学的に普及している製品です。

 M22がヘマをする確率よりかは高いのです。(いえ、自慢ではなく事実です)

 M22はハッキングしたルールスの外部脳アウターから、彼女の体をコントロールしながらボヤキたい気分になります。


 ルールスの体は関節が固く、筋力もありません、典型的な運動不足なオタクの体です。挙句に外部脳アウターにまで欠陥を抱えています。

 余計な脂肪が付いていないだけマシと考えるべきか、悩むところです。


 体重ウエイトがあれば今の一撃で仕留められたのに。

 そう思いながら手技で拳銃を奪いとり、一瞬だけ迷ってから利用されないように遠くへ投げます。流石にルールスの体で人を殺すのは止めました。


 撃ちたかったですが。


「離れてください!」


 ルールスの喉で森下悟に退避を促し、体勢を立て直しつつある男に膝蹴りの追撃を入れます。

 やはり体重が足りません。


 三歳から始める中国武術で学んだ技だけではどうしようもありません。

 ですが心配は無用です。M22は膝蹴りを喰らってほんの少し怯んだ男の横から襲い掛かりました。


 本機のメインシステムおよび生体脳にとって、体を二つ三つ同時に動かす程度は造作もないのです(そしてそのバックグラウンドでブログを書くことも)

 ルールスの突然の反抗にも、冷静な顔を維持していた男の顔が今度こそ驚きを浮かべます。


 戦闘警備ユニットの死んだふりに騙されるという事は、ロンドロス星人というのは善良な人々ばかりなのかもしれません。

 もしくは地球人が悪辣な人間ばかりか、です。


 まぁ人に銃を向けるような人間が善良なわけがなく、単に男が間抜けなだけでしょう。

 M22は男に組み付き、首筋に掌を当てます。


「殺すな!」


 読者の皆様、M22を褒めてください。

 M22は一秒も、十億ナノ秒も、考えました。


 パナナルナノスに浴びせた電撃から、かなり出力を落とした電撃を浴びせます。

 学習ラーニングした医学的知識により、男の意識が数秒だけ保てるよう調整した電撃は、目論見通りの効果を発揮してくれました。


 M22は録音した男の悲鳴をストレージに保存しながら、後で必ずSNSで晒してやろうと、やる事リストを更新します。

 それはともかくとして、M22は新たに発生した最優先タスクを実行します。


 つまり、森下悟を罵倒する事です。

 M22の所有者は、人類がどこまで馬鹿になれるかの挑戦をしているようですが。本機はそれに付き合うつもりはありません。


「この……」


 ブログ掲載サーバーの規定も知った事かと、M22が思いつける罵倒を、並べられるだけ並べてやろうとして。

 M22は両手を再び上げました。


 本機はトラトペ野郎です。

 ブログ掲載サーバーの規定を無視する為に、本機をロンドロス星語で罵りながら。


 M22は、森下悟の頭に銃を突きつける男に無抵抗である事を示しました。

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