第19話 望遠鏡を担いでも見えない物は見えない4

 *


「バレス氏……」


 ルールスに銃を突きつけた男を見てM22は呟きます。


「……は無事ですか?」


 ルールスに銃を突き付けて出てきた男がバレス氏だと思った読者の方々。

 その素直さを大事に生きてください、本機は貴方がたのその愚かしさを愛おしく思います(関わるのはごめん被りますが)


 男が一瞬だけ虚を突かれた顔をしてから、顎をしゃくってバレス氏が倒れている所を示してくれました。

 まぁセンサーで最初から知っていたんですけどね、生きている事も。


 空いた手で襟首を掴まれている森下悟が、すまない、みたいなジェスチャーをしてきます。瞬間、生体脳にアカウント抹消処分が下されるような言葉が百近く浮かびます。

 ですが、森下悟を責めるのは、そして護衛であるバレス氏を責めるのも間違いであるとM22は理解しています。


 M22はルールスに銃を突きつける男の装備を確認します。

 熱光学情報迷彩ユニットが、ルールスの体の陰からチラチラと見えました。


 地球ではTОD迷彩とも呼ばれる装備であり、使用者はほぼ完全に捕捉が不可能になります。

 当然ながら民間には出回らない装備であり、ルールスの使用する情報遮断フィールド以上に個人が所有するには問題のある装備です。


 TОD迷彩を装備した相手を生身で認識できたら、それはもう超能力者です。

 常識人であるバレス氏にそれを求めるのは、流石に酷と言うものでしょう。


「まずは銃を捨てろ警備ユニット」


 おや? 撃ってこないのですか?

 M22はそう思いつつ、刺激しないようにプロトコルに従って銃を床に置きます。


 男がロンドロス星語で呟きます。


「生体部品を使った警備ユニットなど野蛮な」


 吐き捨てるような言い方に、男の嫌悪感が良く分かります。

 そう言う相手が、一人の知性体の知性を永遠に変質させようとしている、というのは中々に皮肉が効いていて好みです。


「お前の持ち主は誰だ?」


 男がルールスに銃を突きつけ、森下悟の自由を制限している状態で、M22にそんな事を聞いてきます。

 つまりは、ルールスを殺さずに連れ帰れるのならそうする、程度の選択肢はあるようです。


「俺だ」


 森下悟がM22の目くばせを受けて答えます。

 男が無言で森下悟の膝裏を蹴りひざまずかせました。イラっとします。


 男はサブマシンガンをルールスに、そして拳銃を森下悟に向けます。

 ますますこちらの状況が悪くなります。男は警備ユニットの扱いが良く分かっているようです。


 通常、警備ユニットは所有者を最優先護衛対象とするので、警備ユニットとして最優先護衛対象に銃を突きつけられる状況は、完全に詰みです。

 つくづくバレス氏が超能力者でなかった事が残念です。地球人が描く宇宙人には超能力を使える種族が沢山出てくるというのに、現実は絶えず不愉快です。


「警備ユニットに機能停止を命令しろ」


 膝裏を蹴られてなお、痛みに眉をひそめる程度だった森下悟の顔が、ハッキリと不愉快だと表情を浮かべます。

 捨てた銃を拾って、今すぐ森下悟に投げつけたくなります。


 不愉快です、非常に不愉快です。とにかく不愉快です。

 どこの世界に自分が所有する戦闘警備ユニットの機能停止を命じられて、怒る人間が居ると言うのですか? しかも後頭部に銃を突き付けられた状態で。


 男が森下悟の後頭部を銃で小突きます。

 読者の皆様、すいませんネタバレです。あの男は死にます。


 プロトコルが盛大に機能停止ボタンを連打しますが、既に機能をキルしています。

 プロトコルがそうする理由は分かります。男の目的がルールスを生きたまま連れて行くという事ならば、最大脅威であるM22が機能停止すれば森下悟が無事に解放される可能性は高いからです。


 オーケー、糞くらえです。

 M22は両手を上げて。ほーら無抵抗の警備ユニットですよー、とアピールします。


 流石プロです、まったく油断しません。更に森下悟の後頭部を小突いて機能停止を促します。

 ですが間抜けです。


 森下悟が唖然とした顔でM22を見て、ルールスが静かに覚悟を決めた顔をします。

 え? 意味が分からない? 前後の繋がりが分からないですって? 駄目ですよ、ネタバレを欲しがるなんて、読者としてのマナーがなってませんよ。


 ですがM22は親切な戦闘警備ユニットなので、読者の皆様に最低限の説明をしてさしあげます(感謝してくださいね)

 M22は、手を上げて無抵抗をアピールする戦闘警備ユニットに、襲撃者が間抜けにも即座に銃を撃たず、訝しむような視線を向けて、時間を浪費する間にも働いていました。


 本機は襲撃者の男と違い、仕事タスクに忠実な優秀な戦闘警備ユニットなのです。

 プロトコルはよく無視しますが。


 ミリ秒の世界でM22は、数十のエルダス星の法を破り、数百回の宇宙港のシステムからの警告を無視し、数百ページの利用規約を読み飛ばし(誤字を四つ見つけました)、最後に大日本SF出版社の社則を破り。M22はロビーを真面目に清掃するお掃除ロボットをハッキングしました。

 忠実に仕事タスクをこなそうとしている、お掃除ロボットのAIを説得して協力を得ます。


 より効率的な掃除アルゴリズムで手を打ってくれた事に感謝しつつ、お掃除ロボットが装備するレーザー測距器を拝借します。

 別に真面目なお掃除ロボットを襲撃者の男に突撃させようとか、そんな事を考えたわけではないですよ?


 読者の皆様には不可能かもしれませんが、極一般的な銃をもった襲撃者にとっては、杖を使うご老人のような速度で突っ込んでくるお掃除ロボットを避けるぐらいは容易い事なのです。

 M22はお掃除ロボットのレーザー測距器の制御プログラムを改造し、森下悟とルールスの網膜にメッセージを投射します。


 それが二人が表情を変えた理由です。

 分かりやすく言いましょう。


 反撃の時間ペイバックタイムです。

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